ものの向こう – 日本工芸週間 https://craftweek.jp Fri, 24 Apr 2026 09:00:42 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=7.1.1 日本の文化財を保存・修復する「装潢師」 その1 https://craftweek.jp/column/74664 Wed, 08 Apr 2026 00:13:39 +0000 https://craftweek.jp/?post_type=column&p=74664

みなさんの生活の中で身の回りにあるものは、時間が経つと古くなったり壊れたりしますよね。博物館や美術館の展示品も同じです。
200年、300年前のもの、さらには何千年も昔のものが今も残っているのを見たことがあると思うのですが、それって、とてもすごいことだと思いませんか?
ただしまっておくだけでは残らないものも、たくさんあります。
ものを修理、修復して未来にのこす仕事を、英語でコンサバターといいます。「conserve」には「保存」「保護」という意味がありますが、日本語では修復師、修理技術者、保存修復専門家など、いろいろな言い方があります。普段、そのような人たちがいることを考えたことはありますか?

今回は、その保存修復という分野の中でも特に日本の掛軸や巻物などを修理する「装潢そうこう」に注目します。
場所は日本から離れて、イギリスの首都ロンドン。世界的にも有名な大英博物館には畳敷きの修復スタジオがあり、そこでは毎日、日本の文化財が大切にケアされています。
そのスタジオで働く日本人のコンサバター、くすのき京子きょうこさんにインタビューしました。

楠 京子(くすのき きょうこ)

1979年石川県生まれ。2002年奈良教育大学古文化財科学専攻を卒業、2004年東京芸術大学大学院文化財保存学専攻を卒業後、奈良国立博物館文化財保存修理所内の株式会社文化財保存に入社し、装潢文化財の修復に従事する。2011年から独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所でアソシエイトフェローとして勤務。同研究所が実施する在外日本古美術保存修復協力事業の中で、海外の博物館が所蔵する日本絵画の調査および修復に携わる。日本、ドイツ、メキシコで開催された、海外のコンサバターに装潢技術や材料を伝えるワークショップで講師を務める。2015年に一般社団法人国宝修理装潢師連盟認定の主任技師の資格を得る。2016年に渡英し、大英博物館コレクションケア部平山スタジオの日本絵画コンサバターとして勤務している。

装潢師(そうこうし)というお仕事

森尾さゆり

現在の大英博物館での京子さんのお仕事と、それまでの経緯を教えてください。

楠 京子

私は現在ロンドンの大英博物館にある、平山スタジオで日本絵画のコンサバターとして働いています。今年で11年目になります。

もともとは、奈良教育大学で土器や石器などの考古学資料の年代測定や産地推定を勉強していました。その後、東京藝術大学の文化財保存修復学科で保存科学を学びました。

卒業後に奈良にある修復会社に就職して、そこで修復の技術を一から学びました。

7年間働いた後、東京文化財研究所で、アソシエイトフェロー(任期付研究職員)として5年勤務しました。

最初に面接を受けたときは、修復の研究室での材料や技法を研究する仕事という話でしたが、採用された後に組織替えがあって国際部に所属することになりました。
そのおかげで海外にある日本文化財の調査にも関わることができ、今に繋がっています。

装潢師そうこうし」とは?

掛軸・巻子や障壁画など、絹や紙に描かれた絵画や書などの文化財の保存や修理する人たちです。
「装潢」は絹や紙に鑑賞や保存のための装丁を施したり修理したりすることを言います。「装」は「装う」や「仕立てる」こと、「潢」は「染める」という意味です。

本来なら弱い素材である絹や紙を時代を超えて保存するためには、繰り返し修理することが必要とされます。その「再修理」を前提とした、作品を傷めない解体や修理の技術が、材料とともに受け継がれています。

森尾さゆり
楠 京子

装潢という仕事自体を知ったのは大学3年生のときに、一遍上人の絵巻物の修復記録のビデオを通してです。建造物彩色の研究をしている先生の授業で一遍上人絵巻のビデオを見たのですが、修復作業をしていたのが先生の奥様だったので、いろいろお話を聞いて、こういう世界もあるのかと知りました。

森尾さゆり
楠 京子

工房に入って技術を学ぶことが多いです。何年かそこで経験を積む中で、試験を受けたり。いろいろ段階がありますね。あとは大学でも装潢を教えている先生がいたりして、そのような大学を出て工房に入るという道もあります。

森尾さゆり
楠 京子

役職としては、Conservator for Japanese paintings (日本絵画専門コンサバター)なのですが、「ペインティング」という単語を用いると、西洋では油絵を想像されるので難しいんです。日本とヨーロッパの認識の違いが面白いなと思って。
日本ですと、装潢という言葉を知っている人には「装潢をやっています」と言いますが、あまりご存じでない方にお話するときには「日本絵画の修復師です」と説明します。コンサバターと言っても、通じるか通じないかわからないときもあるので。

大英博物館にはどれくらいのコンサバターがいるの?

全部で57人(2026年2月時点、パーマネントポジション50人、プロジェクト契約7人)

ほどいます。以下の専門分野に分かれています。

無機物部門の責任者
石材、壁画およびモザイクのコンサバター
陶器、ガラスおよび金属のコンサバター
有機物部門の責任者
有機物のコンサバター
絵画部門の責任者
西洋の紙作品のコンサバター
マウント専門のコンサバター
東洋の紙および絹作品のコンサバター
保存科学部門の責任者
保存科学者

過去とのコミュニケーション

森尾さゆり
楠 京子

私も同じで、その「観察」です。だからこの記事のコンセプトにもあった「ものに触れて、見えないその背景を感じる」というのが、やっぱり私達の一番のパッションなんじゃないかと思うんですよね。
もちろん修復の処置をしているときも楽しいのですけど、純粋に顕微鏡をのぞいて顔料の粒の一つ一つを観察するのも、すごく楽しい。
あと、後世に加えられた修理の跡が見えたりするのも好きですね。

顕微鏡で絵画を観察している様子 ©The British Museum
森尾さゆり
楠 京子

そういう場合もありますけど、「頑張ってるな~」って。「私も今頑張ってるよー」っていう(笑)。

森尾さゆり
楠 京子

私たちは今の材料と技術で最善を尽しているのだけれど、やっぱり今後300年、400年後の技術で見たら、「頑張ってるね~」って思われるだろうなと。

森尾さゆり
楠 京子

大枠としては、昔からある伝統的な技術、材料、道具を使って伝統的な形式に仕立てて伝えるというのが原則です。ただ、これはもしかしたら私の希望的観測かもしれないですけど、より良い修理をするために、新しい技術、材料、方法を取り入れることに否定的ではないと思うんです。

「掛軸かけじく」とは?

日本の絵画や書を壁面に飾るための伝統的な仕組みです。絵画や書を、布や和紙で表層して竹や木などの軸をつけて仕立てたもので、床の間などに掛けて飾ります。鑑賞するときだけ開き、普段は巻いて保存するためコンパクトに収納できるだけでなく、外気による劣化から作品を守ることができます。

本紙(ほんし):絹や紙に描かれた絵画や書。掛軸の中心部分です。

装丁(そうてい):本紙を保護し、美しく見せる装飾。

表装裂(ひょうそうぎれ):本紙のまわりに使われる織物。

軸(じく):掛軸の上下にあり、特に下軸(しもじく)は、掛軸を巻き取るときに使います。

森尾さゆり

大英博物館のYouTubeで、法隆寺の掛軸修復のエピソードを京子さんが解説していらっしゃいますね。軸の中にプロジェク トに関わった人の名前を残すシーンがあって、すごく面白いなと思ったのですが、これは日本の伝統なのですか。

楠 京子

日本で主に行われています。私が奈良で働いていたときには必ず、関わった人の名前を見えないところに書いて入れたりしていました。

森尾さゆり

楠 京子

はい、出てきます。何年か前に聖徳太子の絵を修理したのですが、修理した人の名前ではなく「不動尊ふどうそん」って書かれたものが出てきて。不動明王ふどうみょうおうに使われていた材料を再利用したみたいなんですね。使える材料は使いまわして、利用していたとわかったり。
あと、今年の春から始めた愛染明王あいぜんみょうおうの掛軸には、下軸に、「二世の供養のために、寛文二年に修理しました」と書いてありました。

森尾さゆり

そういうのを見るのは、ぐっときますよね。そうすると、自分の名前も将来誰かが見るのかなぁとか想像しますね。この慣習はずっと昔からやっていることですか。

楠 京子

そうだと思います。いつ頃始まったのかわからないですけど、少なくとも江戸の頃にはそういったものがあります。
修理のプロジェクトは、昔はお寺さんが主導していて、寄進きしん(神社や寺院に金銭や物品を寄付すること)を受けてそのお金を修理に回していたんですね。なので修理した人だけではなくて、その修理にお金を出した信者さんたちの名前も出てくることがあります。

森尾さゆり

ちょっと気になるのですが、名前は漢字でそれぞれ自分で書くのでしょうか。

楠 京子

今のスタジオでは書く人がいないので、私が全員分書いてます。私は漢字で書いて、同僚の名前がアルファベットの人はカタカナとアルファベットで。

森尾さゆり

平山スタジオにいらっしゃるのは、日本人だけではないのですよね。

楠 京子

中国の方もいます。韓国の方もいたのですが、5年のプロジェクトを完了して辞められたので、韓国の作品は現在私が担当しています。平山スタジオには、他に、イギリス人、イタリア人、フランス人、ポーランド人がいて、現在6名のコンサバターが働いています。

森尾さゆり

そうなんですね。同じアジア圏では、装潢の技術は全く違うわけではなくて、ある程度シフトできるのですか。

楠 京子

特別展示に出す前の応急的な修理だと、私も韓国絵画、中国絵画それぞれできるのですが、裏打ちうらうちをやり直したり表装を変えたりといった、もっと深い修理となると、やはりそれぞれ中国や韓国の専門家と一緒にやります。

スタジオの様子 ©The British Museum

 

 

「裏打ち」とは?

紙や絹に描いた作品の補強として裏面に和紙を「打つ(貼る)」ことです。それによって、シワやたるみによる変形を防ぎます。
また、その際に天然素材である水溶性のデンプン糊を使用することで、修復の際に作品を傷めることなく裏打ち材を剥がし、再度裏打ちし直すことができます。

剥落止めの様子 ©The British Museum

水を理解し、操ること

森尾さゆり

過去の手仕事に出会って、感動することってありますか。

楠 京子

まっすぐに切った紙同士をもう本当に美しく、全くブレずに、1,2ミリの重なりで綺麗に貼ってあるのを見ると、素晴らしい技術だなと思いますね。

森尾さゆり

それはもちろんかなり難しいですよね。

楠 京子

難しいです。補助的なテクニックを使えば美しい1ミリの継ぎ目が何の苦もなくできるけれど、ちょっと手間も時間もかかる。なので、できるだけそういうことはやらずに、直に1ミリを狙って置きたいなと思うんですけど。

森尾さゆり

水とどう関わるかというか、紙がどういうふうに水と反応するかというのを体感で想像したり、実際に操ったりできる人がうまくやれるのかな、と思ったりするのですが。

楠 京子

おっしゃる通りです。本当水を操る、水を理解するのは大事だと思います。紙によって反応が違うし、紙の厚みとか繊維の長さによっても異なってくるので。
き」といって、和紙に水をつけて裂くと和紙の毛羽けばがたつのですけど、それを絶妙な重なりで貼り合わせて、紙を長く継いでいく技術があるんですね。
この場合は、貼り合わせる感覚だけじゃなくて、綺麗に喰い裂くというのが重要なのです。

森尾さゆり

良い喰い裂きというのは、毛羽がまっすぐ裂いた方向に一定になるということですか。

楠 京子

そうです。かつ毛羽が出始めてるところが綺麗に真直ぐなのが理想的で、力の入れ方が不均一だと、毛羽が深く入るところと浅いところで真直ぐにならない。初心者だと、どうしても力んでしまうので、その手跡がついてしまうのです。


和紙に水をつけて裂く「喰い裂き」©The British Museum

森尾さゆり

それは和紙の原料が繊維の長いこうぞだからできるわけですよね、毛が短いと喰い裂きが短くなってしまう。面白いですね。

「和紙」とは?

こうぞ雁皮がんぴ三椏みつまたあさなどの植物を煮て繊維質を取り出し、それを原料とした液を「き舟」と呼ばれる大きな容器の中で簀桁すけたという道具を使い均一の厚さに流し固めてできた紙のことです。
洋紙に比べると繊維が長いため強度があり、また変質しにくいという特徴があります。

楠 京子

私も昔、うまく食い裂きができなくて毛羽が立てられなかったものを、先輩がしょうがないなぁって言いながら代わりに美しく継いでくれるわけですよ。そういうのを見ながら学んで。材料もそうだし、使う道具も技術もそう。全部一体ですよね。材料、道具、技術の三位一体だなと。

森尾さゆり

本当にそうですね。それが全部そろってはじめて実現するんですね。

その2へ続く

取材協力

The British Museum

Great Russell Street, London, WC1B 3DG

One of a kind: the Hirayama Conservation Studio

https://www.britishmuseum.org/blog/one-kind-hirayama-conservation-studio

奈良法隆寺金堂壁画の復元
https://www.youtube.com/watch?v=s3Ai-VjmRPo

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日本の文化財を保存・修復する「装潢師」 その2 https://craftweek.jp/column/74705 Wed, 08 Apr 2026 00:12:29 +0000 https://craftweek.jp/?post_type=column&p=74705


みなさんの生活の中で身の回りにあるものは、時間が経つと古くなったり壊れたりしますよね。博物館や美術館の展示品も同じです。200年、300年前のもの、さらには何千年も昔のものが今も残っているのを見たことがあると思うのですが、それって、とてもすごいことだと思いませんか?
ものを修理、修復して未来にのこす仕事を、英語でコンサバターといいます。「conserve」には「保存」「保護」という意味がありますが、日本語では修復師、修理技術者、保存修復専門家など、いろいろな言い方があります。今回はその保存修復という分野の中でも、特に日本の掛軸や巻物などを修理する「装潢そうこう」に注目します。
ロンドンの大英博物館で装潢師として働くくすのき京子きょうこさんにお話を伺い、前回の記事では、楠さんがこの職業を選んだきっかけや、仕事の中で感じる難しさや楽しさについてお話しいただきました。後半では、装潢において海外と日本がどのように関わり合っているのか、そしてミュージアムでの新しい試みや今後の課題についてお伺いしました。その1はこちらです。

海外でも使用される日本の和紙や筆

森尾さゆり
楠 京子

はい、ストックはあります。でもどんどん使っているので、また買い足していかなきゃいけない。今どれくらい待つかはわからないですけど、数年順番待ちの和紙もあったりします。
中国の画仙紙も、ダンボールで何十箱とストックがあるのですけど、中国のコンサバターによると、このクオリティの画仙紙はもう買えないらしいです。

森尾さゆり
楠 京子

中国は、とても大きな工場が結構あるみたいです。書道の文化がまだまだ根強いし、アーティストや学生たちも大量に使うので、需要があるんですね。
需要はあるけれども、機械化された製造方法では昔の手漉きとは違う感じなのかなと思います。

森尾さゆり
楠 京子

機械漉きも使います。でも、最終的な裏地にはやっぱり使っていませんね。

森尾さゆり
楠 京子

日本で買っているのですが、刷毛屋さん自体がもう少なくなっているので。東京にある小林刷毛屋さんとか。あと京都にあった西村刷毛屋さんは、ご主人がお亡くなりになって、もう購入することができないんですね、手に入らなくなってしまいました。

いろいろな刷毛 ©The British Museum

のり」とは?

接着の働きをするもので、装潢には伝統的に天然の糊(接着剤)が使われます。代表的なものは以下の3つです。

正麩糊しょうふのり:小麦粉のデンプンから作られています。
布海苔ふのり:海藻から粘り成分を抽出したものです。
にかわ:鹿や牛、ウサギや魚などの皮や骨から抽出したゼラチン質を固めたものです。

森尾さゆり
楠 京子

普段は正麩糊と布海苔と膠なのですが、合成樹脂も使います。アクリル系の接着剤や、樹脂ではないけれどセルロース系のものとか。

森尾さゆり
楠 京子

そうですね。あとは、絵の具の表面がふわふわして筆で触ると取れてしまうようなものは、まず最初に合成樹脂やセルロース系の接着剤で強化して、触れるぐらいの状態になったら膠を使って接着するという方法もとります。
水に弱い染料は水でも溶剤でも滲んでしまうので、だましだましやるしかないようなときもありますね。顕微鏡で覗きながら、本当にちょっとずつ、ちょっとずつ。

森尾さゆり
楠 京子

はい。でも絵の具の顔料ごとに接着剤への反応が違うのってすごく面白いなと思うんですよね。化学的に、お互いの分子間で働く力が違うとか、あと単純に顔料の粒の形の違いというのもあるのですが。

染料せんりょう」「顔料がんりょう」とは?

染料:草花などから抽出した色素で、水に溶ける性質を持ちます。布や紙に染み込ませ、直接色をつけます。
糸や布などを染めるときに使われます。
顔料:水や油に溶けない粒状の粉末で、絵を描くときに使う色の粉です。
土や鉱物に由来し、にかわを接着剤として混ぜ、紙や布に定着させます。

ひとつしかないものに向き合う

森尾さゆり
楠 京子

何かを作品に「与える」というのは、こわいなと思います。取り除くという行為もすごく神経を使いますが、やっぱり何かを与えることで作品の状態が変わることがこわいですね。

森尾さゆり
楠 京子

はい。でも、水を与えるのがまずこわい。

森尾さゆり
楠 京子

それはしたことがないです。
作品の汚れを取る場合は、作品の下に吸い取り紙を敷いて作品を置き、スプレーして吸わ
せる方法を用います。

でも中国の絵画修理の人たちは、クリーニングをするのに温かい水を使うんですよ。沸かしたお湯をちょっと冷まして刷毛で塗って、糊の緩みを利用してその後すぐに裏打ちを剥がしていく。ですから、絵具の層がしっかりしてることを確かめてやるのだそうです。

森尾さゆり

国によって、良しとする修復の方針が違うことはありますか。

楠 京子

そうですね、特に補彩の方針が日本と中国で違いますね。
日本だと、絵画の欠損けっそんした部分は背景とトーンを合わせて目立たなくしますが、詳細を描き起こしたりといったことはあまりしません。
でも中国の場合は、欠損がわかるまま残しておくのは不完全な修理だという認識なので、線が途切れていたら綺麗に自然な感じに描き足したりしています。
また、絵画の中の建物の一部に穴が開いている場合も、反対側に同じ建物があったとしたら、それをコピーする形で建物の一部をきちんと描いて、色もしっかり復元しているようです。

森尾さゆり

同じ平山スタジオで方針が違うんですね。そういった方針って、日本の装潢では一般的にそういったベースのところはみなさん同じなのですか。

楠 京子

そうですね。特に国の指定文化財のような場合は、新たに絵や文字を描き起こしたり加えたりしないという方針で行っています。

「オリジナル」とは?

作者の意図のもとに制作された、作品のもともとの ”本物” の部分を指します。
どこまでを”本物”とするのか、線引きが明確でない場合もあります。

補填ほてん補彩ほさい」とは?

補填:オリジナル(元の姿)が欠けて失われた部分に新たに素材を加えて形を整えることです。
補彩:補填部分とオリジナル部分の見た目の違和感をなくすために加色することを言います。それにより、仕上がりの落差をやわらげます。

森尾さゆり

その方針は昔からそうだったわけではなくて、西洋の考えも入ってくる中、時代と並行して方針も変ってきたのですか。 

楠 京子

その通りですね。昔の修理の跡などを見ていると、描き起こしたりしているものもありますし、そういう過去の補彩を今の修理で取るかそのまま残すかというのも、結構問題になりますね。

森尾さゆり

ヨーロッパのコンサバターの方が、装潢に関して驚かれることってありますか。

楠 京子

初めて奈良の工房に入って私がまず衝撃だったのは、表装を新しく取り替えることでした。その驚きは、西洋の方が感じる驚きと全く一緒だと思います。取っちゃうんだ!っていう。

表装替えの前後写真(左/修復前、右/修復後)©The British Museum
森尾さゆり

取り替える場合は、表装はオリジナルではないということでしょうか。

楠 京子

そうですね、オリジナルではないと思われる、または現代の私達の感覚から言って、色や文様が絵画の主題と一致していない、邪魔しているように感じるときなども、表装を替える場合があります。
表装は絵画を飾るだけではなくて、作品を保護するという役割があるんですね。新しくして強度のあるものでやり替えないと、次の100年200年に本紙がもたない場合もあります。

でもここ10年ぐらいの傾向として、表装の裂(きれ:織物のこと)をできるだけ再利用しようという動きを感じます。昔よりは増えてきている。

森尾さゆり

再利用というのは、補強をして裂をまた使い直すということですか。

楠 京子

そうです。でもなぜ再利用するようになっているかというのは、オリジナルだからという理由だけではないと思います。オリジナルではないけれど、その表装が施された例えば200年前当時の美意識を伝えようという考え方もあるでしょうし、難しいですよね。

国宝修理装潢師連盟こくほうしゅうりそうこうしれんめい」とは?

掛軸や巻物、歴史資料といった美術工芸品を中心とした文化財の保存修理を行う専門家たちの集団です。現在、10社の工房が加盟しています。

森尾さゆり

どの時点に戻すかは、難しいですね。大英では、京子さんが最終的に表装を決定するのですか。

楠 京子

はい。日本の装潢師連盟さんと共同で修理している作品は、連盟の代表で来ている方と私と大英の学芸員とで相談して決めるのですが、それ以外の、博物館の展示や貸し出しで、表装替えをしないといけないような修理は、私が最終決定をします。
でもそういう経験も本当、まだまだこれからなので、日本の先輩に写真を送って、「どう思いますか?」とアドバイスをもらったりしてます。

森尾さゆり

やっぱり日本とのやり取りは多いのですね。

©The British Museum
森尾さゆり

平山スタジオでは、住友財団の助成事業として、装潢師の育成や技術交流をされています。
装潢師連盟の方が平山スタジオに来て、大英の方と共同作業を行うなかで、日本の装潢技術について理解を深めてもらうと同時に、海外で作業することで、連盟の装潢師さんたちも視野を広げる機会となる。相互に学び合っていくシステムが、いいなと思いました。

楠 京子

ありがとうございます。そう言ってもらえるとすごく嬉しいです。日本からいろんな人に来てもらって一緒に作業して、今日本でこういうことやってるんだよと教えてもらったり、私も受け取るものはたくさんあります。
来てくださった方は、海外のスタジオで作業するのは非常に楽しいとか、面白いとかおっしゃいます。お互いに学び合えるプロジェクトが理想ですね。
「1日スタディーデー」を設けて、平山スタジオに限らず、別のスタジオ、それこそ立体物の保存修復室とかテキスタイルなど、いろいろ見に行ったりもするのですが、日本の方たちはその中で得るものも大きいかなと思ったりします。
あと日本の装潢の方は、中国の技法が面白いといつもおっしゃいますね。知識としてはあるけれど、実際にやっているのを見る機会は少なかったりしますし、同じようなことをしているからこそ、小さな違いがわかって面白いなと感じます。

森尾さゆり

大英博物館では子ども向けにいろいろなイベントがありますが、コンサバターとして関わられたものを教えてください。

楠 京子

実際にイベント自体に参加したわけではないのですが、「Sleepover(スリープオーバー)」という、子どもたちがミュージアムにお泊りするプログラムが日本ギャラリーで行われたときに、ビデオを提供しました。
あとイベントではないのですが、大英博物館が定期的に子ども向けのミュージアムマガジンを出していて、そこにコンサバターの仕事をわかりやすく説明する記事を最近書きました。博物館のコンサバターは、博物館のコレクションのGeneral Practitioner (GP:地元のかかりつけ医)みたいなものですと。日本絵画のGPみたいな感じでしょうか。
子ども向けに限らずにいえば、大英で2017年に北斎展を開催したときに、目の見えない方を対象にしたツアーがありました。
そのときに、触ってもいい道具や材料を提供してほしいと頼まれて、筆や刷毛、絵具皿などを用意して、参加者に触ってもらったりもしました。

森尾さゆり

見えない人と展示を鑑賞する中に、修復の視点も入ってるんですね。さわれるのは良いですね。

楠 京子

やっぱり、すごく理解が深まりますよね。

日本でも触れられる展示が増えてきているように思うのですが、前回東京国立博物館へ行ったときは、工芸の展示室に螺鈿らでん技法の映像とさわれる展示物があって、そういったものは積極的に触って体験するようにしています。

葛飾北斎《神奈川沖浪裏(冨嶽三十六景)》 の点検の様子  ©The British Museum
森尾さゆり

修復した作品で、一番感動した作品はなんですか。

楠 京子

一番を決めるのは難しいですが、桜井香雲による法隆寺金堂壁画九号壁の模写が強く印象に残っています。典具帖という向こう側が透けて見えるくらい薄い紙に描かれており、かつ作品の寸法は縦310cm横260cmと非常に大きく、修理中のハンドリングが大変でした。掛け軸に仕立てるために6層の裏打ちを施したのですが、修理後は色や描線に深みが出て立体感を感じとても感動しました。

森尾さゆり

修理をしていると、それが目の前にあるわけじゃないですか。やっぱり展示されているものを前にして見るときと、だいぶ違いますか。

楠 京子

そうですね。作業中見てるときは、それこそ絵の具の粒しか見てなかったりしますね。作品全体として印象を受け取るというよりも、裂け目があるなとか、なんか表面がふわふわしてるなとか(笑)。
だから全体の印象って、実は覚えてなかったりして。展示されてるのをあとから見に行って「こんなのだったのか」と鑑賞するという。

森尾さゆり

変な質問ですけど、コンサバターあるあるってありますか。道を歩いていて塗装が剥がれかかっているのを見ると、脳内で直したりしますとか。

楠 京子

あります、うんうん。塗装の剥がれとかは、どこからどうやってアプローチするかというのは考えたりします。あそこを最初に止めてとか(笑)。
引越しで部屋を出るときに、開けた穴を埋めて美しく補彩できたりすると、「直したことなんて絶対わかんない」と一人で悦に入るとか。

大英博物館 三菱商事日本ギャラリー ©The British Museum
森尾さゆり

環境も変わってきているし、文化や科学も変化している中で、今まで続いてきた伝統の装潢技術は、そのまま変化せず続くのか、それとも変っていくと良いのでしょうか。

楠 京子

とてもざっくりした答えですけど、もっとオープンになったらいいのではないかと考えています。
伝統に根ざしているのは確かにその通りなのだけれども、伝統ってやっぱり変わり続けるものだと思うので、技術や素材も新しい研究成果を反映させたり、私達もこれから伝統を作っていっているという感じで、よりオープンになっていかないと。

森尾さゆり

そうですよね。日本の伝統工芸一般に言えることでもあるかもしれないですね。

楠 京子

でも、オープンにするってどういうのが良いのかなって。
例えば、インスタグラムで美しいプレゼンテーションでいろいろなものを見せるのも、非常にアピール力があっていいと思うのだけれど、何かそういうアピールの仕方だけだと、やっぱりまだ内に込められた、出しきれていない部分というのがいっぱいあるように感じてしまって。どうオープンにしていけばいいのかは、悩みますね。

スタジオツアーの様子 ©The British Museum

インタビューを終えて

本当に伝わる方法とは、どういうものなのでしょうか。オープンになることに関しては、装潢に限らず修復の分野全体にも、同じことが言えそうです。

でも小さなことでも、例えば和紙の「喰い裂き」の話を聞いて、私はやってみたいなと思ったのですが、それを実際にやってみると難しさやすごさが実感できたり、その作業を通して和紙の繊維の長さを体感したりすることで、身体感覚を通して理解するのは面白いですよね。

掛軸ってあまりじっくり見ないかもしれませんが、今度見るときには、何層にもなっていることや、もしかしたら軸に修理をした人の名前が書かれている紙が入っているかもしれないことを、想像してみてください。

京子さんがおっしゃった「内にこめられた部分」とはなんだろうと、もっとお話が聞きたくなりましたが、そういった内にある言語ではないようなものとの対話を、次はまた違う視点でお伝えしたいと思います。

取材協力

The British Museum

Great Russell Street, London, WC1B 3DG

One of a kind: the Hirayama Conservation Studio

https://www.britishmuseum.org/blog/one-kind-hirayama-conservation-studio

奈良法隆寺金堂壁画の復元
https://www.youtube.com/watch?v=s3Ai-VjmRPo

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