ものの向こう 第4回

色をのこす、時間をつなぐ

染織と修復の現場から その2

布や糸でつくられた染めや織りの作品は、時間がたつと色があせたり、やぶれたりしやすい、とても繊細なものです。それでも、1000年以上も前につくられた染織品が、いまも美しくのこされていることがあります。

どうしてそんなに長い時間をこえて、のこされてきたのでしょうか?

その理由のひとつには、ものを修理・修復しながら次の世代へとつないできた過去の人々や現代の専門家たちの存在があります。そしてもうひとつは、過去に使われていた技術や素材を調べ、昔の色や染め方を再現しようとする人たちの取り組みです。

今回は、そんな「染め」と「修復」に向き合っているふたりの専門家にお話をうかがいました。
ひとりは、東京国立博物館で染織品の保存修復を担当している佐藤萌さとうもえさん。もうひとりは、天然染料の研究をとおして、古代の色を再現している青木正明あおきまさあきさんです。

「染まるってどういうこと?」
「修復って、どんなことをするの?」
「技術って、どうすれば未来にのこせるの?」

そんな問いをたどりながら、染織という世界に向き合っているおふたりの視点や思いをお伝えします。

その1の記事はこちらから

それぞれの研究のはじまり

森尾 さゆり

お二人とも、研究されていることがライフワークとなっていますが、それぞれの研究のテーマにはどのように出会ったのですか。

佐藤 萌

私が学部の保存科学ゼミで研究テーマを探しているときに、たまたま隣の立体修復ゼミで雛人形の修復が行われていて、その髪の毛がなぜかボロボロになるという問題に出会いました。鉄媒染という黒染め技法によって劣化が進んでいるのですが、修復方法がないということを知って面白いなと思って。まさにそこから染織品の世界にのめり込んでいったのです。

媒染ばいせんって何?

金属の成分(イオン)を使って、草木などから取った色の成分を布にしっかり結びつけるための工程です。よく使われる金属にはアルミニウムや鉄があり、金属の種類によって色の出方も変わります。昔は、ミョウバンや泥などの自然素材から金属成分を取り出して使っていました。(佐藤さん)

鉄媒染てつばいせんでひな人形の髪の毛がボロボロになるのはなぜ?

ひな人形の髪の毛は、黒く染めた生糸でできています。その黒染めには、鉄を使った「鉄媒染」という方法が使われていました。ところが、この鉄が空気中の酸素と反応すると、生糸がだんだん傷んでボロボロになってしまうことがあるのです。この劣化を止めるはっきりした方法は、まだ確立されていません。(佐藤さん)

劣化が進行するひな人形の髪の毛 ©Moe Sato

2017年tezomeyaでの黒染め染色の様子 ©Norihiko Nishida
佐藤 萌

学生時代ではまだ、染織品の修復士になろうという明確な目標はありませんでした。繊維の研究をしていたこともあって、絹文化財の科学を専門とされていた佐藤昌憲先生の下で学びたく、京都工芸繊維大学大学院に進学しました。その先生の教え子に、イギリスで有名な染織品を学べるコースに留学された日本人の方がいらして、先生が留学を強く勧めてくださりました。

でも日本でしか教育を受けていない私でしたから、なかなか海外に飛び立つことって難しいじゃないですか。そんな時に、所属している大学の先生方が、ロンドンにあるヴィクトリア&アルバート博物館(Victoria and Albert Museum)のテキスタイルコンサベーションの部門に2カ月間インターンをする機会を与えてくださったんです。

短期の留学ではあったのですが、「こんな世界があるんだ!」という衝撃を受けたんです。その研修では、現場と美術館のスタッフ、保存科学者たちとしっかり連携して進められていたり、研究のためのあらゆる論文が手に入り、日本で得られなかった情報が英語だとこんなに簡単に手に入るのだという驚きがありました。スタジオでは何名ものコンサバターが作品の修復をしていて、いろいろな素材に特化したセクションがあって、そういう保存修復の最先端の世界を目の当たりにして、すごいなぁと思いました。

森尾 さゆり

V&Aでインターンをされたんですね。それは本当に刺激的な経験だったのでしょうね。青木さんは染色にどのように出会ったのですか?

青木 正明

僕が草木染に出会うきっかけになった廣田益久さんが尊敬する先生に、前田雨城先生という方がいらっしゃって。僕が会社を辞めたのは2000年なんですけど、ちょうどその時に前田先生の個展が久留米市で開かれていて、そこで初めて先生の反物を目にしたんです。ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんが、超一流のプロダクトを見たときに、自分の中で何かが生まれたというか、それで人生が変わってしまったんですね。

たとえば、深紫こきいろこきむらさきで染められた布は、指で触れようとしても生地がどこにあるかわからなくなるような、遠近感を超えた深い色で。茜と紫を混ぜた深緋こきあけという、どす黒い赤は、なんかこう静脈血の鉄のにおいがするんです。実際にはしないんですけどね。その反物に衝撃を受けて、「これをやりたい」と思っちゃったんですよね。

僕は超一流の工芸家のような技術や経験はないけど、そういう人たちよりはサイエンスに詳しいし、有機化学や繊維学を専門にしている人たちよりは工芸について知っている。だから、工芸とサイエンスの橋渡しができる人間なんじゃないかな、と。たぶん、それが自分の役割なんじゃないかなとも思っています。

材料を選ぶということ

森尾 さゆり

染色には、天然染料と化学染料があると思うのですが、使い分けられていたり、なにか特別考えられていることはありますか。

佐藤 萌

博物館での修復の仕事で扱う作品は、ほぼ天然染料、天然繊維で作られていますが、現代の修復のスタンダードでは、修復処置の材料には合成染料を使用します。それは、オリジナルと修復箇所を明確に区別するという修復倫理に基づきます。自分の仕事の中で、一番心がけていることは、自分の目の前にある作品が法隆寺の古い染織品であっても現代のプラスチック素材を使っている作品であっても、国宝や重文であっても、未指定品であっても、平等に処置をするという気持ちは持ち続けたいと思っています。もちろん処置の方法は作品の保存状態によって変えなければならないですし、実際は様々な責任の問題であったり、展示の優先度合いなどによっても、変わってくることではあるのですが。

青木 正明

天然染料、化学染料のどっちがいいというわけではないと思います。修復に合成染料を使うのは当然 そっちの方が耐光堅牢度がいいからですよね。色の種類も多くあって、再現性もある。従来の堅牢度が高い染色技術が残っていれば、それで出来たのかもしれないですけど、でもそれには相当な労力が必要だったはずで、ここの部分だけやるのに1年ぐらいかかるとかだったのかもしれないのでね。合成染料だと多くの人たちが、同じような情報を持ってできるので、再現性がありますよね。その辺の費用対効果を考えると、それが合理的なんだと思う。

僕が研究している古代の染色というのも、当然ながらその時代に合成染料はなかったので、天然染料というのも当時の合理性で使ってるだけの話なんだろうなと。

紅花染めに使われる染料「紅餅(べにもち)」の制作途中工程で最後に天日干しをする ©Masaaki Aoki  

天然染料、化学染料について

「染料」とは、水に溶け、色を持ち、繊維にくっつく物質である色素を含んだもので、その色素を植物や一部の動物から取り出したものを「天然染料」、化学的につくり出したものを「化学染料」といいます。(青木さん)

森尾 さゆり

青木さんは古代染色の復元や再現、やってみてものに迫るということをされていたり、佐藤さんはその古代のもの自体を残すっていうことをされてるんですけど、お互いにされていることに関して、似てるところと違うところはありますか。 

佐藤 萌

私の仕事は、作品に直接介入することになりますが、自分の行った処置が、その作品の構造はもちろんのこと、風合いを壊さないように、なるべく自分が入れる針穴や糸が見えないように心がけています。もちろん修復士にとってはちゃんと明らかにここまでがオリジナルで、ここからが修復跡だというのは分からなきゃいけないのですが、それと同時に隠れる処置を心がけています。作られたのと同じ技法で直すところを追い求めるのではなくて、自分が加えるものがなるべくそのオリジナルに害を及ぼさない素材であり、処置内容であることを大事にしてます。

なので青木さんと通じるところというのは、やはり現物であるオリジナルのすごさには勝てないなというか、それを大切にするところですかね。

青木 正明

無名性を超えて、加工者の存在がわからなくなった状態っていうことですよね。それはまったくと言っていいぐらい同じ感覚なんじゃないかと。僕はまだその域には達していないのですが、もし僕の染めたものが正倉院に残っているものに間違われるぐらいのものができたら、それは自分が作ったって多分言わないと思う。

アカニシという貝の内臓を使って帝王紫を再現した絹綾地 ©Masaaki Aoki
青木 正明

よく思うんです、技術と成果物のことをね。技術は大事だけど、それはプロダクトを作るために存在するものですよね。お腹が空いてるときに包丁だけ渡されても困るように、ご飯がないと意味がない。僕の中では技術と道具っていうのは、同じステージですね。

それを痛感したのが、手染めを始めて2〜3年目くらいのこと。西陣の機はたづくりをされていた山口さんという有名な職人さんに「後継ぎはどうされるんですか?」と聞いたら、「技術は2,3年で習得出来るものではないんだけど、みんな数年で辞めてしまう。昔はなんとか継いでほしいと思ったけども、最近はそれもやめました」と。

僕が「もったいないですね」と言うと、「この技術が継がれないのは、もうこの機を必要としてないって今は思われてるからなんだと思ってます。けれど、100年後にまた欲しいと思う人が現れるかもしれないので、自分が死ぬまでにできることは、誰に見られても恥ずかしくない機を何台作れるかだけなんや。いい機を作っていたら、解体してどうやって作ったか多分調べてくれる。その時に恥ずかしくない、どこを調べられてもいいような機を作るようにしてまんねや」って。

アパレルブランドからのリクエストにより藍で染めた紙糸 ©Masaaki Aoki  
森尾 さゆり

技術と同時に素材や道具も先細りになったり消えていったりする中で、一体どうしたらいいんだろうって思いますよね。

青木 正明

だから一番重要なのはやっぱりプロダクトだと思うんです。 もちろんそのプロダクトをつくる技術が一緒に残るのが一番理想なのですが。ただ、やっぱり世の中いろいろな新しい技術が出てきたら、ある一定時期その技術がないがしろにされる可能性はあるじゃないですか。 技術って人が人に伝えるものなのでね。そのスパンが、100年、150年ないがしろにされたら、それはなくなっちゃいますよね。それはしょうがないけど、プロダクトはのこせるので。正倉院はそれがありますよね。技術は残ってないけど、延喜式に記録も若干残っている。プロダクトとして物があって、そしてそれに付随するのは記録で、そこから技術は、 理論的には紐解けるんじゃないかなと。

森尾 さゆり

そういう意味で言えば、ものを残している佐藤さんは、たとえ今はわかっていないことや、まだ紐解けていないことがあったとしても、ものが残っていれば、未来にそれが紐解かれる可能性も一緒に残しているのかもしれませんよね。

佐藤 萌

そうなんですよね。例えば1300年も残ってきたものの中で、私が関わる期間はせいぜいわずか20年足らずです。そこでできることって本当に限られています。だから私の次の修復士にうまくバトンタッチできるように、第一に収蔵庫内の整理や作品情報の管理、必要であれば修復をすることになります。しかし、作品への修復処置は手術のようなもので、そこで失われることもあるという可能性を考えると、不要な修復をしないことは大事ですし、やはり慎重な仕事であると思っています。

ものに宿る、目に見えないもの

森尾 さゆり

形のある「もの」を残すとき、その中にある時間や技術、思いなど、目に見えない「なにか」も含めて伝えたり残したりするのだと思いますが、そういう形のあるものと、ないものを、どのように未来に伝えていけると思いますか?

青木 正明

ものを見るとき、履歴なしのほうが偏見なく見られるってよく言いますよね。例えば、子どもには「知識なく見せなさい」と言うこともありますが、でも本当にそれがいいのかなと思っていて。ものの良し悪しを判断するには、やっぱりパターンを認識するための知識体系が必要で、その助けがあるから「ピキンッ!」とくる。その感覚も含めて、「いいものだ」って思うことがあるので。「形あるもの」が見る人にパッションを与えるには、見る人の側にある程度のパターン認識力が必要で、それが「センス」といわれるものじゃないか、と思うんです。

「かわいい」「かっこいい」「やってみたい」っていうパッションを生むのがプロダクト。そのパッションは間違いなく無形で。でも、その周辺知識なしでは、なかなかそれは生まれない気がしていて。受け手の状態とプロダクトと履歴、それが噛み合ったときにパッションが生まれて、また次につながっていく。有形のプロダクトと無形の履歴やパッションは、切り離せないですよね。

森尾 さゆり

佐藤さんはいかがですか。

佐藤 萌

技術と成果物がつながっているように、生活や記憶など目に見えないものも、残すことができればいいなと思います。特に染織品って、昔の人が実際に身にまとっていたり、空間を飾ったりされてきたので、人々の生活に密着してきたものが多いんですよね。それをどのようにのちの時代に残してゆくのかが課題です。

森尾 さゆり

佐藤さんが『文化財をしらべる・まもる・いかす』の寄稿文で染織品を「幽(かそ)けきもの」と表現されていたのが印象的でした。そうしたものを守るには、博物館に修復専門職員が少ないという現状も、大きな課題ですよね。

佐藤 萌

そうですね、日本は本当に博物館の職員として修復士を置いている館が少なく、多くの仕事をフリーランスの修復士が担っています。そういう仕組みだと、収蔵庫に入っての定期的なチェックだとか、日々のケアがなかなか難しい。修復にしても、最小限でいいものが、外部委託になるとそれ以上の作品の解体を伴う大がかりな修理になる場合もあって、課題を感じています。

一方海外では、各博物館に常勤の修復士が雇用されています。専門家が責任を持って保存管理や展示に関わることで、最小限で適切な修復を行うことが出来るのだと思います。

出会いが道をつくる

森尾 さゆり

若い方々が染織品の修復士になりたい、染色家になりたいとなった時に、どのようなアドバイスをされますか?

青木 正明

ちゃんとした学校があるわけでもなければ、昔の染色研究をするシステムがあるわけでもないので、どこに行ったらいいっていうのが無責任に言えない状況なんですけど、でも探したらいい本があったり、この業界は狭いので、動いていれば意外と簡単にちゃんとやってる人に出会う確率は高いと思うんですよ。みんなオープンに活動している人たちだし。この業界は仲間が少ないし、みんな多分自分の代で終えられるとは思っていないですよね。わかることなんてたかが知れてるので、次につなげたいってみんな思っていらっしゃるから、染色家になりたい!という方は全員ウェルカムですね。

森尾 さゆり

パッションのお話もありましたけど、子どもや若い時にパッションがある大人に出会う機会というのもすごい大事ですよね。テレビかもしれないし、リアルで出会うかもしれないけれど、そういう世界があるってまず知らないと、選べないですもんね。

青木 正明

ただこれ、探して出会えるものでもない。ほとんど宝くじみたいなもので、たまたまなんで。でも、確率を上げることは出来る。それは何かって言ったら、いろんな人と出会うことだと思うんです。

たとえば「やる気はあるけど何をしていいかわからない」って子がいたら、「それはやる気じゃなくて鼻息が荒いっていうんだよ」と言うこともあります(笑)。やる気とかモチベーションっていうのは本来、目的があって生まれるものなので。でも、鼻息が荒いのは悪いことじゃない。だから僕は、できるだけいろんな場所に顔を出して、できるだけ大きな会社に入ってみたら?とも言ったりします。実際、僕も会社で面白い人に出会いましたし。出会いの確率を上げることは、いろんな方法でできるんじゃないかな。

佐藤 萌

私も青木さんに全く同感で、昔の人たちが残してくれた美しい染織品・工芸品に、美術館や博物館でできるだけ沢山出会うことをお勧めします。そしてそのものがどうやって作られているのか、その技術について知ることも大切です。いろいろな人と出会い、自分が尊敬できる先生や仲間を見つけてください。そして諦めずに自分が目指す目標を追い続けることが何よりも重要です。その目標は時と共に変化し続けて良いものだと思います。

繊維や織組織を観察する様子 ©University of Glasgow
上級生(Stella Gardner)と作品を調査する様子 ©University of Glasgow 
佐藤 萌

なんかすごく生き生きされていて、いつも楽しそうなんですよ、青木さん。パッションを持ち続けるモチベーションは何ですか?

青木 正明

それは・・・・・・。出会ったものがでかすぎたからじゃないですか?

森尾 さゆり

かっこいい。

青木 正明

いや、僕の能力じゃないと思います。別に天然染料に限ったことではなくて。もちろんその人のもってる何かもあるかも知れないですけど、対峙してしまった何か、出会ったものがでかいと、多かれ少なかれみんなそうならざるをえないんじゃないかな。

インタビューを終えて

今回のインタビューにあたり、自分でも染色についてすこし読んでみたのですが、色を「染める」ということが、思っていた以上に複雑で、とても豊かな世界であることに気づかされました。そこに分け入っていくと、実は多くのことがまだ解明されていないのだそうです。

おふたりのお話の中でとくに印象に残っているのは、それぞれの言葉で語られた「つなぐ」という視点です。
佐藤さんは、ものの近くにいて課題に向き合う修復士と、その分析や解決に必要な知識を持っている科学者とのあいだをつなぐ役割を。青木さんは、工芸とサイエンスの橋渡しのような立場として、染色の世界をひろげています。
異なる分野どうしがうまくつながって対話することで、新しい知恵や豊かな視点が生まれてくるような気がします。

皆さんがふだん身に着けている服が何でできていて、その色がどんなふうに染められているのか、あまり気にすることはないかもしれませんが、すこしのぞきこんでみると、思いがけず面白い世界が広がっているかもしれません。

参考)

東京国立博物館 ようこそ保存と修復の現場へ

KCI|公益財団法人 京都服飾文化研究財団 

草木染めの天然色工房 tezomeya

Postgraduate Taught Textile Conservation MPhil(University of Glasgow)

水中の微量金属類が天然染料の染色結果に与える影響

参考書籍)

「文化財をしらべる・まもる・いかすー国立文化財機構 保存・修復の最前線ー」アグネ技術センター刊行より 「かそけきものをまもるー染色文化財の保存修復」 佐藤萌 著

「伝統色づくり解体新書「天然染料と衣服」 カラー写真で理解する染めの再現」 青木正明 著 日刊工業新聞社

「天然染料の科学」 青木正明 著 日刊工業新聞社