ものの向こう 第3回

色をのこす、時間をつなぐ

染織と修復の現場から その1

布や糸でつくられた染めや織りの作品は、時間がたつと色があせたり、ほつれやすく、とても繊細なものです。それでも、1000年以上も前につくられた染織品が、いまも美しくのこされていることががあります。

どうしてそんなに長い時間をこえて、のこされてきたのでしょうか?

その理由のひとつには、ものを修理・修復しながら次の世代へとつないできたその時代の人々や現代の専門家たちの存在があります。そしてもうひとつは、過去に使われていた技術や素材を調べ、昔の色や染め方を再現しようとする人たちの取り組みです。

今回は、そんな「染め」と「修復」に向き合っているふたりの専門家にお話をうかがいました。
ひとりは、東京国立博物館で染織品の保存修復を担当している佐藤萌さとうもえさん。もうひとりは、天然染料の研究をとおして、古代の色を再現している青木正明あおきまさあきさんです。

「染まるってどういうこと?」
「修復って、どんなことをするの?」
「技術って、どうすれば未来にのこせるの?」

そんな問いをたどりながら、染織という世界に向き合っているおふたりの視点や思いをお伝えします。

佐藤 萌 さとう もえ
東京国立博物館保存修復チーム研究員(染織品保存修復)

愛知県豊橋市出身。東北芸術工科大学で保存科学を専攻。京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科に進学、博士(学術)。日本学術振興会特別研究員として黒染め染織品の劣化と保存に関する研究を行なったのち、英国グラスゴー大学にて染織文化財の予防的保存と介入的処置を学んだ。スイス・アベッグ財団、米国メトロポリタン美術館での染織品保存修復の研修を経て、2016年より京都服飾文化研究財団アシスタント・コンサバター、2020年より現職。

青木 正明 あおき まさあき
古代染色研究家 滋賀県立大学人間文化学部生活デザイン学科教授

1967年生まれ。東京大学医学部保健学科卒業後、株式会社ワコールに入社し、スポーツアンダーウェアなどの企画業務に携わる。2000年に同社を退社後、株式会社益久染織研究所に入社。2002年に退社し、天然色工房tezomeyaを開業。古代染色や天然染料の研究・制作を行う。京都造形芸術大学美術工学科非常勤講師、同大学歴史遺産学科非常勤講師、京都光華女子大学短期大学部准教授を経て、2026年より現職。

染織の世界との出会い、それぞれのきっかけ

森尾 さゆり

青木さんは古代染色のご研究、佐藤さんは染織品の修復と、お二人とも染織品に関わる仕事をされています。それぞれこの分野にどのように出会ったのか、きっかけを教えてください。

青木 正明

もともと実は染色に興味があったわけではないんです。1991年に新卒でワコールに入社しているんですけど、 僕は商品企画で入りました。最初に配属された部署が「パーソナルウェア事業部」という部屋着やパジャマの企画をする部署。ちょうどその頃に第1回の地球温暖化の国際会議(通称:地球サミット)があって、ワコールでも地球に優しいパジャマを作ることになったんですね。そのリサーチで奈良の廣田益久さんがやってらっしゃる「益久染織研究所」に行くことになり、そこで初めて「草木染め」に出会いました。

伺った日に簡単な草木染のワークショップをしていただいたんですが、やってみたら「自分の好きな古着の雰囲気が草木で染まるんだ」ということと、それが「自分でできちゃうんだ」ということが驚きでした。

佐藤 萌

私は高校生の頃から、美術館や博物館の空間が好きでした。そこでどんな仕事があるのかなといろいろ調べていて、初めは「学芸員」という職業しか知りませんでしたが、山形の大学に進学したことで「保存修復」という仕事に出会いました。

私が修復を学び始めたのは大学生からですが、初め興味があったのは作品に直接触れる修復の仕事ではなくて、作品に間接的に関わる保存科学だったんです。「保存修復」を学べる大学には、日本絵画や掛軸、 仏像や彫刻、そして日本にある西洋絵画や芸術作品と専門とする対象がいろいろある中で、私は収蔵庫の環境管理をしたり、素材を分析したりと、そういった勉強が面白そうだなと思いました。 

森尾 さゆり

お二人はワコールが接点ですが、働いていた時期はかぶっていないんですよね。

青木 正明

そうですね、かぶってないんです、全然。

佐藤 萌

私が全ての教育と研修を終えて、初めての就職先が、ワコールが設立した京都服飾文化研究財団(以下KCI)でした。そこの学芸員の方々が青木さんにつながりがあって、展覧会にも協力されていたんですね。そこで、染色に関するアドバイスが必要になったときに、「Tezomeya」の青木さんに連絡してみたらと教えていただいたのが、最初の接点でした。

草木で布が「染まる」ってどういうこと?

植物をコトコト煮ると、中にふくまれていた「水に溶けやすいもの」が煮汁に出てきます。この成分に「色」があり、さらに「くっつく手」を持っていると、布の繊維の分子が持つ「手」と相性が良いとつながることがあります。そうして色の成分が繊維にしっかりとつく―これが「染まる」という現象です。(青木さん)

西洋茜の根を何時間も煮て漉し、染め液を作っているところ ©Masaaki Aoki
西洋茜で染めた布を最後にしっかり水洗いしているところ ©Masaaki Aoki
森尾 さゆり
青木 正明

仕事としては、大学の教員と染め屋の運営です。染め屋のほうは「Tezomeya」という染めの工房なんですけど、運営に関しては、細かいとこはスタッフがほぼやってくれています。ですから僕が実際にやることっていうのは、運営の相談に乗ることと、工房にくる染色技術についての相談の担当です。大学では主にファッションアパレル全体の被服学を教えています。服って面白くて、ツッコミどころ満載のプロダクトだなと思っているんですけど、化学からも歴史からも、何からでも興味を持てるので、多角的に服を好きになってもらえるような授業をしようと思ってます。 

現在の研究は、今から1300年前の人たちがどうやって染めていたかを知ることです。僕は両親が染色の仕事をしていたわけでもなく、この世界に出会って染色をやろうとしたときに、自分が持っているアドバンテージってなんだろうと考えたら、たまたま化学のバックグラウンドがあって、それが後になって生きてきたという感じです。

天然色工房tezomeyaの入り口 ©Masaaki Aoki

古代染色って、どうやって研究するの?

平安時代に書かれた「延喜式えんぎしき」という本に、染色の材料のリストが書かれています。研究では、その材料を実際に使って染めてみたり、化学の視点から分析したりして、古代の色やその技術を探っていきます。(青木さん)

延喜式14巻縫殿 出典:国立公文書館デジタルアーカイブ
佐藤 萌

私は2020年から東京国立博物館で染織品の保存修復という仕事を担当しています。修復も行いますが、同時に染織収蔵品を安全に保管していくための様々なマネージメントの仕事もあります。

当面の研究は、鉄媒染により劣化していく黒染め染織品をどう保存修復するかという課題に対して、学部の頃よりライフワークのような形で進めています。青木さんに初め伺ったのもこの黒染めのことでした。

青木 正明

そう、僕のところにお声をかけてくださったのも、五倍子(ヌルデという木にできた虫瘤のこと)で鉄媒染をしたサンプルを自分で作りたいので、染め方を教えてということでしたね。

染織品の修復って、どんなことをするの?

染織品の保存修復というと、作品のほつれを針と糸で修復するというイメージがありますが、その他にも薬品を使ってクリーニングしたり、接着をして補強したりもします。

博物館では、作品の保存状態を確認したり、展示のために必要な処置を行ったり、展示後に作品が置かれる収蔵環境を改善し、次世代に作品をできるだけ良い状態で伝えていきます。(佐藤さん)

特別展後のクリーニングの様子 ©東京国立博物館
ほつれを縫う様子 ©東京国立博物館

研究すること、見ること、向き合うこと

森尾 さゆり

それぞれのご専門のお仕事の中で、いろいろなプロセスがあると思うのですが、特にどんな作業や工程が好きですか?

佐藤 萌

私は劣化をしているものの原因と、その対処法を調べていくのが好きです。その1つが先ほどお話しした黒染めの問題です。例えば江戸時代の雛人形の髪の毛が落ちてくる現象が一例で、その劣化の状況に興味を持つ研究者って数少ないのです。

もう1つはKCIで出会った服飾品とそれに付属するプラスチック類の劣化問題です。これを食い止めることは難しいのですが、収蔵作品の劣化のスピードをどうしたらなるべく遅らせられることができるのか、どのようにケアして後世に残せるのか。そして、そのような問題を世界中の人たちと共有したい。そういったことを考えるのが好きで、課題を通して専門家と交流することが楽しいですね。

私は保存修復が専門なので、劣化の原因を理解したり解決したりするには、科学者たちのほうが手立ては多くあるかもしれません。でも、モノ(芸術品など)の近くにいないとそもそもそんな問題が起きているというのは分からない。なので、問題提起をして科学者たちに繋げられるような役割ができたらいいなと思っています。

森尾 さゆり

研究することや、他分野の専門家とつながって修復の課題に対する糸口を一緒に見つけていくことって、すごく楽しいですし大事ですよね。青木さんはいかがですか?

青木 正明

僕はもう単純に昔の染織品を見るのがいつもワクワクですね。正倉院展は毎年行くんですけど、あれは勝手に自分では「試合」だと思っていて。こっちが勝手にケンカを挑んで、そこにあるものの凄さに負けてくる、そういう感じの試合なんですけど(笑)。

森尾 さゆり

青木さんの著書に正倉院宝物の赤色縷せきしょくるという絹糸の束が載っていましたが、その強さのある赤に、写真で見てもドキッとしました。

青木 正明

いや、あれは思い出すたびに泣きそうになって、言葉にすると嘘くさくてしょうがないんですが、本当に光ってるようにしか見えないですね。やっぱりそこには1300年経っているという知識もあるからなのかもしれないけれど、それもあっていいのかなとも思っています。

その2に続く