「土着の工芸の、その先へ」第11回

イグサとともに、まだ名前のない場所へ|熊本

地方において、工芸はこの先、いま以上に価値を発揮する秘めた宝になると思う。自然、風土から発展した仕事を、どう変換し、文化として昇華させるのか。
新たな視点と手法で実践する人たちがいる。
この連載では現場を見にいくとともに、どう工芸の新たな価値を見出していくのか、つくり手やつなぎ手と考えてみたい。

撮影:マエダモトツグ.

畳の原料として知られるイグサ。その植物を使ってアクセサリーやオブジェを制作する女性2人組がいる。イグサの産地、熊本県で活動する「itiiti(イチイチ)」だ。素材を解体し、再構築するというアプローチは、やがてアクセサリーの枠を越え、空間デザインへと展開していく。彼女たちが見つめているのは素材の可能性であり、人の心を動かす何かを生み出したいという純粋な衝動。それはアートにも通じるものだ。

イグサ 撮影:マエダモトツグ.

イグサをアクセサリーに

 ながいの、ながいの、みじかいの、ながいの、ながいの……。長さの違うイグサのパーツを、くりかえしつないでいく。すると片手におさまるくらいの、小さくこんもりしたイグサの塊ができる。カラフルに染めたイグサを使うと、ふわふわと軽いピアスやブローチなどのアクセサリーが完成する。小さくても、存在感のある品だ。

写真提供:itiiti

 イグサ、という植物を見たことはあるだろうか。畳の原料で、稲のようにしゅっと細長い。このイグサを代表的な素材として、アクセサリーやオブジェ、最近では大型のインスタレーションなどを制作するのが、田中ノリコさんと村上キミさんの2人によるユニット「itiiti」だ。

 初めてitiitiのピアスを目にしたのは、都内で2000年に行われた展示会だった。小柄な女性(後にこの方が田中ノリコさんだと知る)が、熱心に説明してくれたことを鮮明に覚えている。多くのプロダクトが並ぶなか、イグサで作られたそのアクセサリーは、ひときわ印象に残った。畳の原料から、こんなふわふわした素敵なものができるのだという驚きがあったのかもしれない。

アクセサリー用に染められたイグサ 撮影:マエダモトツグ.

イグサという植物の可能性

 前に一度、八代でイグサの田んぼを見たことがある。背丈が高いもので150〜160cmほどにもなるイグサは、お米と同じように水を張った田んぼで栽培される。稲より緑が濃いので、遠目にみてイグサか稲かはすぐにわかる。

 八代市は日本一のイグサの産地。海のすぐそばに、濃い緑と薄い緑の四角の田んぼがまだらに広がっていた。

 一般的には11月下旬〜12月頃に植え付け、6〜7月頃に収穫。比較的気候が暖かいため米との二毛作が多く、イグサを刈り取ったあと、同じ田に水稲が植え付けられる。

写真提供:itiiti

 かつては、イグサは畳だけでなく和ろうそくの芯にも用いられていた。「灯芯草(とうしんそう)」という名でも呼ばれるのはそのためだ。「ズイ」というスポンジ状の白い芯の部分がロウを吸い上げるのにちょうどよく、ズイを抜き出すためにすーっとイグサの皮をむくお母さんたちの手つきが見事だったのを覚えている。

 itiitiのアクセサリーも、イグサの芯がスポンジ状になっている構造を利用してつくられる。カットしたイグサの内側に糸をとおしてつなぐのだ。

 いま、日本で流通するイグサの約9割は海外産。おもに中国からのものだ。国産では熊本県八代市が96%を生産する産地だが、40年前に比べて生産農家は94%減という驚くほどの減少ぶりで、200軒を割ろうとしている。   

 このままいくと、いずれ国内では生産されなくなってしまうのだろうか。
itiitiの品は、そんなイグサという素材の可能性をひらくことにつながっている。

写真提供:itiiti

素材に価値を見出して、再構築する

 熊本市西区にあるitiiti の工房へお邪魔した。

 がらんと広い空間で、入り口脇にはイグサの束や、カラフルに染めあげてカットされた原料がいくつも積み重ねられている。

 itiitiの田中ノリコさんと村上キミさんは凸凹コンビで、2人並ぶと愛らしい。快活でくるくると頭がまわる小柄な田中さんと、おっとり話す長身の村上さん。2人とも、ものづくりがとても好きな女性という印象を受けた。

 2人は、同じ建築系専門学校の同級生。卒業して10年も会っていなかったが、どんな運命のいたずらか、それぞれが会社を辞めた時期がたまたま重なり、再び会うようになる。当時熊本市で行われていた「河原町アートの日」 に木工クリエイターとして共に出展し、熊本市現代美術館によるアワードで受賞した。2010年頃のことだ。

itiitiの田中ノリコさん(左)と村上キミさん(右) 撮影:マエダモトツグ.

 itiitiと名乗るようになったのと、イグサを用いて作品をつくり始めたのが同じ時期で、2020年頃。“日常の些細なもの、素通りしてしまうようなこと一つひとつに新たな価値を見出して再構築(リコンストラクト)する”をコンセプトに、本格的に2人で活動を始めていく。

 itiitiという名前は、「i+ii+i」の「+」を「t」に置き換えたもの。「i」は人を表し、生産者、itiitiの2人、エンドユーザーをつなぐ、といった意味が込められている。

 「アクリルや木を素材にものづくりをしてきて、次に何をしようかと考えた時、うちの叔父がイグサ農家だったので、イグサをつかって何かできたらいいなと、ごく自然に行きつきました」(田中さん)
 
 そうして生まれたのが、ピアスやイヤリングなどのアクセサリー。これまで畳の原料としか見られていなかったイグサがおしゃれなアクセサリーに生まれ変わったのを、もっとも驚きの目で見たのはイグサの生産者たちだったという。

  「『身近にあったものが、こんな価値あるものに変わるなんて!』と驚かれました。うちのイグサも使ってくださいと言ってくださる農家さんが現れたり。うちの伯父などは、『自分が2年かけて育ててきたものが、人の日常に寄り添えるものになるのがすごく嬉しい』と話していました」(田中さん)

itiitiの田中ノリコさん(左)と村上キミさん(右) 撮影:マエダモトツグ.

より大きな作品へ

 とはいえ、小さなアクセサリーでは使うイグサの量にも限りがある。「使用量を増やさなければ、地域の産業に貢献はできない」と、プロダクト開発の専門家から助言を受けたこともある。

 「はじめにアクセサリーにしたことはインパクトがあったし、それでよかったと思っています。イグサという素材に注目してもらうきっかけになればいいと思っていたので。
でももともと2人とも、インテリアや建築が好きで勉強してきたので、アクセサリーよりも空間自体の装飾品、アート作品やインテリアのほうに向かうのが、ごく自然な流れだったように思います」(村上さん)

 インテリアとして制作した最初のきっかけは、2023年春にホテル「OMO5熊本 by星野リゾート」がオープンする際に制作依頼を受けたオブジェだった。これまでアクセサリーにしていた、イグサの小さな“こんもり”をそのまま大きくした、直径30cmほどのオブジェ。これは今もホテルのロビーに飾られている。

 次に生まれたのが、白く染めたイグサを集めてつくられた、半立体の壁にかけるオブジェ。あとから振り返れば、この作品がitiitiのその先の道をひらく糸口になる。

 初めて写真で見たときは、思わず「わぁ……」と声がもれた。80cm四方ほどのサイズだが、イグサの青味もうっすら感じられ、雪の結晶のようで美しかった。

写真提供:itiiti

 この作品を、2023年5月に開催された「SICF(スパイラル・インディペンデント・クリエイターズ・フェスティバル)」(*)に展示したところ、プロダクトデザイナーの鈴木啓太さんの目に留まる。

 「残念ながら賞は獲れなかったのですが、審査員として来られていた啓太さんが、総評で印象に残った作品として私たちの作品を挙げてくれて。それがすごく嬉しくかったんです」(田中さん)

 同じ年の冬、この作品をさらに発展させたような、真っ白なイグサをつないだ塊やリングをまとったクリスマスツリーが、「OMO5熊本 by星野リゾート」のカウンター横を飾った。もこもこした質感が、遠目に雪が降り積もっているように見える。このときは公開制作の形をとり、多くの人々が作品に関わるスタイルで制作された。

 この年の年末、2人はこうinstagramに綴っている。

「2023年をふりかえると、前々から思っていたイグサで大きな作品を作りたいという願いが叶った年でした」

 これらの制作が、より大きなもの、オブジェ、インテリア品などの作品へシフトする布石になっていく。

写真提供:itiiti

(*)東京・南⻘⼭の複合⽂化施設「スパイラル」が主催する、若⼿作家の発掘・育成・⽀援を⽬的としたアートフェスティバル。

身につけるイグサから、眺めるイグサへ

 2024年が明けるとすぐに、「身につける藺草ではなく眺める藺草」と題して、イグサの細さをいかしたモビールを発表。 

 「イグサを多角的に捉えていきたい」という思いから、《多角》と名付けた。イグサの繊細なラインと風になびくたおやかさが同居している。

イグサのパーツをつないだモビール《多角》 撮影:マエダモトツグ.

 次に迎えたのが、熊本市現代美術館での大型作品である。

 モビールはスポンジ状になっているイグサの芯に糸を通す構造でできている。紙の筒で同じつくり方をすれば、イグサのモビールを巨大にしたインスタレーションができると考えた。はたして、その通り。

 2024年夏、美術館の吹き抜けの空間を飾った巨大なモビール《Paper Cloud(ペーパー・クラウド)》。写真を見るだけでも、美しい。

写真提供:itiiti

 いまもitiitiを知る人たちにとっては「イグサのアクセサリー」のイメージが強いのではないか。けれどこの作品で、2人は“イグサ”という原料からも“アクセサリー”というジャンルからも自由になったのだと思う。できることが広がった、ともいえようか。
 
 もともと2人は、イグサに限らず木工やアクリルなどの素材を小物やインテリアにして評価され、それが活動するきっかけになった。素材がイグサから紙に変わっても、“つくる理由”の根本は変わらない。
 
 ただし、今後もイグサがitiitiの象徴的な素材であることに変わりはない。
 工房で、2人はイグサを手に「ああでもない、こうでもない」をくり返す。その間に、イグサをどう扱えば面白いかのアイディアがたくさん生まれていく。

 「イグサには素材としての可能性がまだまだたくさんあると思っているんです。形になっていないアイデアや、やりたいこともたくさんあります。この素材のインパクトをみんなに知ってもらいたい」(田中さん)

一定の長さにきりそろえたイグサを敷き詰めたアートワーク 撮影:マエダモトツグ.

 地域資源をプロダクトに昇華するといったものづくりは、いまや珍しくない。これだけSDGsが叫ばれる世の中で、わたしたちはつい作品やプロダクトに社会的意義やつくる意味を求めがちだ。

 けれど、itiitiの2人は、そうしたメッセージより以前に、人がはっとする感覚、驚き、ふわっと心が動く新鮮さ、みずみずしさのようなものを届けたいという衝動からモノをつくっている。

 見る人が「何これ?」「すごい気になる」と思わず見たり手にしたりしたくなるような。

撮影:マエダモトツグ.

「なぜだかわからないけど圧倒されたり、『面白い、あ、すごいな』って思ったりしてもらえたら、ということをいつも考えてつくっています」(田中さん)

 驚きや意外性。あの素材がこんな風に変わるとは・・・・・・。
身近にある素材がまったく違って見える新鮮さ。個性的で心に残るもの。

プロダクトか、アートか?

 一般的にアクセサリーなどの「プロダクト」と、オブジェやインスタレーションのような「作品」では世間からの捉えられ方が違う。それはそのままつくり手が「デザイナー」なのか「アーティスト(作家)」なのか?という肩書きをめぐる問いにもつながる。

 itiitiはデザイナーなんだろうか、アーティストなのか。つくるものはプロダクトなのか作品なのか。そんなことを心のうちで思っていると、田中さんがこんな話をしてくれた。

「ある展示会で、ずっと熱心に話を聞いてくれる男性がいたので『どこかでこのピアスをご覧になったことがありますか?』と尋ねたら、『実はうちにあるんです』って。奥様が買って大切にしてくださっていたそうなのですが、今年の2月に亡くなられたと。『彼女が大事にしていたモノに偶然会えたのが奇跡みたいで、いま鳥肌が立っています』と仰って。その方、泣かれていて。こっちももらい泣きしちゃって、一緒に泣いて」

 ふっと絡まっていた糸が、ほどけた気がした。プロダクトでも作品でも、どちらでもいいのだ。
その男性が、瞬時に奥さんと同じモノだとわかったのは、このアクセサリーがどこにでもあるモノではないからだ。初めて見た人の記憶に残る何か。

 カテゴリなどどちらでもよいと思わせる、大らかさがある 

撮影:マエダモトツグ.

 itiiti の作品はアクセサリーにしてもオブジェにしても、2人が体をはって気の遠くなるような時間をかけてつくる。一つひとつ切り離し、一本一本糸をとおして。
 もう一つは、イグサという自然の素材がもたらす説得力。
 その強さが作品になり、インパクトを残したいと願う彼女たちの思いが表現される。

 一見、遊んでいるようにも見えて「私たちこれ(itiitiの活動)一本で、本当に命懸けでやっているので」と、真顔でさらっと言ってのける。

 頭で考える前に、手を動かすこと。意味より先に、感覚を届けること。
それが、itiitiがめざす“つくる理由”だ。

取材協力

itiiti:
田中ノリコさんと村上キミさんによる制作ユニット。熊本を拠点に、日常には必要ないものや皆が素通りするような些細なことに目を留めて向き合っていくことを大切にしている。建築を経由した2人が身近な素材に閃きや発想の転換を加え新たな価値と新たな繋がりを提案している。

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