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土着の工芸の、その先へ 第2回

木彫の産地に、7年間で42軒の新しい店

コラボレーションが生まれるまちへ|富山 井波

取材・文甲斐 かおり [ライター・執筆業]

撮影:Ken Ohki

地域にとって工芸は、この先、いま以上に価値を発揮する、秘めた宝になるのではないだろうか。
自然、風土から育まれた仕事を、いかに文化、産業として継承し昇華させていくか。
新たな視点と手法で実践する人たちがいる。
この連載ではその現場を見にいくとともに、工芸の新たな価値を、つくり手やつなぎ手と考えてみたい。

   

今回訪れたのは富山県南砺なんと市の井波いなみ。600年以上におよぶ木彫刻の文化を、地域づくりにまで発展させているBed and Craftの山川智嗣ともつぐさんにお話を伺いました。

「職人に弟子入りできる宿」をコンセプトにした宿、Bed and Craft(以下、BnC)は一棟目のTATEGU-YAに始まり、次々に棟を増やして今ではチェックインラウンジや飲食棟を含めると11棟に。それが呼び水となり、コーヒーロースタリー、クラフトビールブリュワリー、ベーカリー、アロマ蒸留所、新しい宿…と、7年間で42軒の新しい店がオープンしています。

以前の取材で、山川さんは井波を「ものづくりの原点に接することのできる希少な場所」と話されていました。40人に1人は木彫師というまちの特性、文化を土台にして、職人と新しい客層のマッチング、その上に新たな地域づくりが進んでいる。いま井波で起こっている動きに、工芸の新たな可能性を模索します。

山川さんのプロジェクトはこちらから → 一周まわって最先端。「井波彫刻」

山川智嗣 やまかわ ともつぐ

富山県生まれ。カナダに留学後、2009 年中国上海へ、MADA s.p.a.m. Shanghai で馬清運氏に師事、チーフデザイナーとして多くの公共建築、商業建築の設計に携わる。上海で2011 年「トモヤマカワデザイン」を設立。2017年には日本一の木彫刻のまち富山県南砺市井波にて“お抱え職人文化を再興する”をコンセプトに、ものづくり職人と新たな価値を創造するクリエティブ集団「コラレアルチザンジャパン」を設立。

デザイナーと職人がコラボレーションしやすい

甲斐

山川さんは中国で建築の仕事をされて日本に戻るとき、東京ではなく、あえて井波を選ばれたのですよね。「都会での建築の仕事は、既成のパーツを組み立てるような設計になってしまって面白くない」と仰っていました。

一方で、井波にはまだ職人がたくさんいて、直接相談して形を決めたり、素材を選んだり、原点に近いものづくりができるから面白いと。その気持は、いまも変わらないですか?

山川

井波でよかったという感覚は、より深化しています。

井波のものづくりがほかの土地と圧倒的に違うのは、中量生産ではない点です。たとえば同世代の新山くんのいる越前・鯖江のメガネや越前漆器(*)、白水くんのいる八女やめの久留米絣(**)は、それぞれ素晴らしいものづくりですが、型を用いる手工業型の中量生産です。井波は100パーセント手仕事による、完全な少量生産。いわゆる一点モノです。

木を彫っているのはみんな同じですが、共通のフォーマットがないのです。少女像を彫る彫刻家もいれば仏師もいれば、名前を出さずに職人として欄間らんまや龍をつくる人もいる。

型がなく自由なので、職人である彼らと僕らクリエイターやデザイナーが、一緒にコラボレーションや商品開発をしやすい。しかも手づくりで、クオリティの高いものができあがってくる。つまり、アイディアがすぐに形にできる。東京など都市圏にいると、アイディアがあってもつくってくれる人がなかなか身近にいません。金型が一個100万円かかかると言われて商品化できないことも。そこでデジタル工作機器があるんですが、井波なら一から手づくりできる。ほかの産地にはない、圧倒的な強みだろうと思います。

* 新山直広さんはTSUGIというデザイン会社で、主に越前鯖江のものづくりのデザインを行なっている。オープンファクトリーイベント「RENEW」を毎年開催。

** 白水高広さんは、八女市の「うなぎの寝床」という地域商社およびアンテナショップで久留米絣を使ったもんぺをはじめとする、地場の工芸品を販売。

甲斐

逆の言い方をすれば、デザイナーやクリエイターの側も、発想の自由度が得られるということですよね。また、外の人と産地の職人がフラットに影響し合える関係性がある。関わりしろという言葉がありますが、外の人が関わって面白いことができるかどうか。それが産地の未来を大きく左右する気がします。

山川

いま新たに「」という新ブランドを、手工業デザイナーの大治将典さんと一緒に立ち上げることも検討しています。まだ一人前とまではいかない井波の若手職人が、発注を受けて仕事を得られるしくみも組み込めないかと考えています。

山川さん。Bed and Craftラウンジにて

土地性をもつ文化の魅力は、見えない文脈にある

甲斐

一方で、3Dプリンターでつくられたものと、土地性をもつ手づくり品の違いはどこにあるかという問題には必ず直面しますよね。上手に彫るだけなら3Dプリンターに敵わないと山川さんも以前仰っていて。その違いについてはどう思われますか。

山川

デジタルの流れは間違いなく加速していて、それを否定する気はまったくないです。この先、ますます二分化していくでしょう。でも本当に手でつくらなきゃいけないものは残っていくと思うんです。

それはどういうものかというと、文化や土地性、その背景にある文脈が大事なもの。

ただ同じものをコピーしたり、データを形にしたりするのはデジタルでよくても、飾る場所、どこにインストールするか次第で、裏の文脈がものすごく大事になる。

たとえば、出雲大社に入れる彫刻を3Dプリンターでつくりますと言ったら、地域の人たちは怒りますよね。形そのものより、彫刻の原料となる木はどこからきたのか?誰が彫るのか?その技術は本物か?といった、背景にある文脈が大事だからです。

そうでないとしたら、コロナ前、世界中で旅行者が増えていたことと矛盾するじゃないですか。情報はインターネットでいくらでも手に入るし、知識ならChat GPTが何でも教えてくれるのに、なぜ人間はわざわざ現地にいくのか。それはちゃんと自分の目で確認したい、本物のストーリーに直にふれたいという根本的な欲求があるからです。

情報を得られるようになったからこそ、わざわざ行きたくなるんだろうなと思うんです。

甲斐

ただ形の精巧さや、物の美しさだけを見ているわけではないということですよね。目に見えない部分に価値を感じている。目に見えない文脈から、モノがありがたく感じられたり、神聖に感じられたりする。また、人は未知のもの、よくわからないものに興味を抱いたり、はっきりしないからこそ好奇心で惹かれる性質がありますよね。

久留米で染色の仕事をされている「宝島染工」の大籠おおごもり千春さんと話していた時に、野菜など食べ物の価値が、どんどん直売所をはじめ産地や生産者に近い方へ向かっているのと同様、ものづくりへの関心も、より原点に近い方へ向かっているのではないかという話になりました。洋服をつくっている現場に行きたい、染めているところを見たい。何なら自分もやってみたいと。それを「生っぽい方へ」と大籠さんは表現されていて。取材するなかで、そんな志向の人が増えている印象を私ももっています。

原点に近いほうへ行くことで、モノの本質を見極めようとしているのかもしれません。そのものがどんな環境で、どんな材料で、どんなふうにつくられているのか。

裏をかえすと規格化されたもの、デザインが優れていても工業製品化されたものは、便利だけどつまらないと思うようになっているのかなって。

Bed and Craft「RoKu」の入口
   
山川

そうですよね。一方で、ブランドやステータスの価値も薄れています。たとえば過去には、三越の紙袋に入っているだけで品質は間違いないという時代がありました。虎屋の羊羹とかね。個人が今ほど情報を手に入れられなかったから、ブランドや流通などのお墨付きがあって初めて贈る側も贈られる側も満足できた。それが今は三越の紙袋をもっていっても中身が重要で、その次に、その産地はほんとに合っていますか、この作り手は本物ですかという風に、関心が移っていったんじゃないかと思います。

甲斐

本当にいいものかどうか?の判断を、ブランドや三越のバイヤーなど別の人のものさしに頼っていたけれど、みんなが情報を得るようになって、自分で判断しようとしている。その結果、それぞれの好みに忠実になったり、価値が細分化されたりしていると。より本質的になっているってことですよね。井波のようなまちは今の時代に、ある意味で合っているのかもしれませんね。お抱え職人文化の方に近づいていますよね。

山川

全員が自分の軸をもてるようになったのはすごくいいことで 、井波にとってはチャンスだと思っています。「一周まわって最先端」ってよくいうんですけど、半ば笑い話として、いつの間にか先頭にいるのかもしれないなと。

一方、デジタルを活用する話でいえば、写真家の大木賢さんが井波で進めている「バーチャル井波」の話も面白いです。どういうことかというと、彫刻は立体物なので写真だけでは迫力が伝わらない。メタバースに空間をつくって井波彫刻の作品を3Dで見られるようにしましょうと。

この空間はギャラリーのような機能をもちます。まちに3000人来れば大騒ぎになりますが、バーチャルなので、何千人でも同時に観ることができる。そんなふうにデジタルも、使い方次第で取り入れていけたらと思っています。

井波彫刻は一点ずつ違うので、これまでにもいろんなモノがつくられてきたはずですが、売れてしまえば手元に残らない。それを記録しておく意味もあります。

2023年にできた「旅と香りの研究所CANO」。アロマオイルの蒸溜所を併設

工芸文化を土壌に、新しい展開をのせる

甲斐

一方で、今回まちを案内していただいて、重要伝統的建造物群保存地区ではないのに古い街並みがしっかり残っていることにも驚きました。この雰囲気が行政の規範でなく自主的な民意で保たれているのは、文化度の表れのような気もするのですが。

山川

井波はもともと観光地ではないんです。あくまで職人のまちであり、産業のまち。各家の窓が目貫通りに面してとってあるのも、じつは職人が一番明るいところで仕事したいからであって、接客や販売のためではありません。でも本業で欄間や建具など古い家に使うものをつくっているので、自然と伝統的な建物に合わせようという意識が働くんですよね。それが結果として観光にも役立っている。

甲斐

山川さんたちがつくられた宿も店も、井波のもつ歴史や文化、暮らしを土台にした上にできているので、まち全体にしっくり馴染んでいます。まったく文脈の異なる新しい建物をポンと建てるわけではなくて、土地の文化を最大限にリスペクトしながら、技術を引き継ぎ生かそうとしている。

歴史と技術の文化的な厚みと、新しい展開の面白さがしっかり根底でつながっている感じがします。

山川

いま全国に古民家宿がありますが、ほとんどは豪商や豪農の家だった立派な建物ですよね。でも、地域にあふれている空き家の多くは、うちが宿にしているような普通の民家。こういう建物をこそ生かさないと空き家問題は解決しないです。

地元の人が特に意識していなかったものに息を吹き込んで、その価値を再認識してもらうことが裏テーマとしてありました。

井波の街並み

   

甲斐

6棟の家をリノベーションするとなると、お金もかかります。持ち出しでやっていらっしゃるんですか?

山川

資産家だと誤解されたりするのですが、うちが直営しているのはTATEGU-YAだけで、ほかの宿はすべて「オーナーシップ制」で運営しているんです。オーナーが土地建物を取得して改修費を支払って、僕らが運営委託を受けている。

賃貸ではなくて、売上連動でお返しするしくみになっています。苦しい時も儲かる時も一緒という同じ立場で関わってほしかったんです。

物件の所有と運営を分ける形は、じつは外資系のホテルなどではよくあります。たとえば三井不動産のビルにリッツカールトンが入って運営しているなど。ただ、古民家では珍しいかもしれません。

甲斐

どんな方がオーナーになられるんでしょう。その時、オーナーにとってのメリットは何ですか?

山川

たとえば、オーナーの一人は僕の上海の友人です。貿易の仕事をしていて日本に別荘を持ちたいけれど、実際に使うのは年間で10日間ほど。そこでオーナーになった宿の無料宿泊を配当として受け取り、それ以外の期間は、僕らが清掃やメンテナンスをして宿として営業する。Not A Hotelみたいなものですね。

ほかのケースでは、「沖縄ツーリスト」という法人がオーナーです。旅行代理店が自主運営する宿泊施設をもっていると、独自のツアーを組むことができたり、BnCの取り扱いを独占できるなど相乗効果があります。不動産投資としてみると大儲けはできませんが、地方創生に寄与したいという思いがあって、プロジェクトにジョインしてもらっています。

Bed and Craft「RoKu」
「旅と香りの研究所CANO」

工芸のまちに、7年間で42軒の新しい店

甲斐

宿が一軒しかなかったまちにオーナーがつくのも、まちの歴史や文化に魅力があるからですよね。瑞泉寺をシンボルとして、井波木彫の文化が今もしっかり感じられるからではないかと想像します。

山川

はじめはここに宿をつくるなんてどうかしていると言われたんですよ。それが2016年に開業してから1年で、1000人泊を達成しました。外国人の割合が62.2%で、そのうち64%が欧米人です。(開業の過程はこちら

こうした地域密着型の宿は、間接的に地域の稼ぎを増やすことにも繋がります。全国チェーンの大手ホテルを建てると施工業者もマネージャーも東京から来ますが、うちの宿の場合、工事は地域事業者にお願いしますし、スタッフも地元在住の方になります。6室しかないホテルでも、地域に落ちる利益が大手ホテルに比べて7.5倍違うという結果が出ています。

甲斐

なんでもオープンにするのではなくて、閉じるべきところは閉じて、地域の中でお金をまわしたほうが結果的に自分たちにかえってくるという話ですよね。

宿の中だけで完結せずに、できるだけお客さんにまちを回遊してもらうまちやどの発想も同じです。以前、2018年に井波を訪れたときは飲食店も少なかったし、宿もBnCが2軒あっただけでしたが、いまではコーヒー屋さんやパン屋、クラフトビールの店もできて充実しています。

山川

前に甲斐さんが来られたのは2018年秋ですよね。翌年2019年にはBnCのラウンジと、燻製料理が食べられるビストロ「nomi」ができました。海外の人はバスなどの公共交通機関で来ますが、日本人はレンタカーで来る人が多くて。深夜に到着して翌朝早く出る人もいて、まちをゆっくり見てもらえないのです。

そこで、チェックイン機能をもつラウンジを宿と分けて、あえて移動してもらうことでまち歩きになる導線を意図してつくりました。来てくれたお客さんにBnCの印象がどう残るか、それには僕はあまり関心がないんです。

それより、井波のまちの印象を持って帰ってほしい。まちなみや職人さんのこと、木彫文化など、まちの本質を知ってもち帰ってほしいのです。

Bed and Craftラウンジ
      
甲斐

BnCに興味をもって訪れた結果、地域の魅力にも気づくということですよね。越後妻有の大地の芸術祭も瀬戸内芸術祭も、はじめはアートを見に行くのが目的でも、現地へ行くとアートと関係なく、もともとあった地域の魅力に惹かれた人はたくさんいると思うんです。それと同じ状況をつくるということですね。

でも、自分の宿や事業のことだけでなく、一つの上のレイヤーでまち全体や工芸のことを考えるのはなかなか難しい気もします。

山川

そこで、地域のことはいま「ジソウラボ」という一般社団法人をつくって進めています。地元で林業の会社をやっている友人が代表で私も理事の一人ですが、空き家や継業などまちづくりに近いことはそちらで。ジソウラボが主体になって、パン屋や、クラフトビールの醸造家、木工家など新しい事業の人材を募集して、井波の空き家で実践してもらう試みを始めたところ、お店が増えているんです。

まちづくりというと公共性の高いものと思いがちですが、民間事業者の集まりだからこそうまくいっている面があると思っています。クラフトビールもパンも、個々の「始めたい」という強い動機から生まれたもの。不本意にやらされている人が一人もいません。いま7年間で42軒の空き家がお店になりました。

甲斐

素敵ですね。もともとこの土地に浸透してきた井波木彫の土壌の上に、職人の個性や技を生かした新しい事業が生まれている。そこに刺激を受けた若い人たちが、また違った事業を展開していく。何とも理想的な形になってきているんだなと感じました。

井波ほどまち全体に文化が染み渡っている場所は希少だと思いますが、今まだ発掘されていない、地域に眠る価値を見つけて、目に見える形にしていくことの大切さも感じます。画一化されている社会の中で地域の個性を出すとしたら、文化や風土以外にないのではと思えるからです。

編集後記

一見すると「古いもの」に見える彫刻を従来とは違った形で生かし、新しい感性が求める形に刷新していく。外国人にも受け入れられた宿のしくみづくりに始まり、井波では絶えずそのトライと結果を見せてもらっている気がします。

これから土地固有の文化は、観光においても移住促進においても、ますます欠かせない価値あるものになると私は思います。
ただしそこには、従来「生業なりわい」だった仕事を「文化」に変容していく視点と手法が必要になる。文化の土壌を耕し、外の人を惹きつけてきた井波には、懐古主義とは違い、新しい道を歩むためのヒントが多く隠されているのではないでしょうか。