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土着の工芸の、その先へ 第7回

“素材の民主化”─再び、素材を選び直すために。

和ろうそくの原料、ハゼノキ|鹿児島県錦江町

地域にとって工芸は、この先、いま以上に価値を発揮する、秘めた宝になるのではないだろうか。
自然、風土から育まれた仕事を、いかに文化、産業として継承し昇華させていくか。
新たな視点と手法で実践する人たちがいる。
この連載ではその現場を見にいくとともに、工芸の新たな価値を、つくり手やつなぎ手と考えてみたい。

大手電気メーカーの社員だった内田樹志さんは、会社を辞めて、いま鹿児島県錦江町きんこうちょうで和ろうそくの原料「ハゼノキ」を栽培しています。ハゼノキという植物に新たな使い道、将来性を感じたからなのだとか。
“素材の民主化”を提案する内田さんの話を聞いていると、確かに素材の可能性を感じます。経済合理性だけではモノの価値が測れなくなった今、一度は「非合理で使えない」と烙印を押された工芸品の原料も、使い方や生産方法を工夫すれば、新しい素材になりうるのではないか。
素材のもつポテンシャルについて、内田さんとともに考えます。

内田樹志 うちだ たつし

大阪府出身。ハゼノキの育成と文化の普及を推進する「めぐる」共同代表。総合電機メーカー、AIベンチャーを経てハゼノキの故郷大隅半島へ移住。ハゼノキと木蝋を中心に、工芸や民芸の「素材」に着目し、放置林や耕作放棄地といった使われなくなった土地を活用した、素材生産の新しい循環を模索中。

照明器具にできなかった、和ろうそくの1/fのゆらぎ

洋ろうそくに比べ、和ろうそくの炎はより大きな炎がゆらゆらと揺らぐのが特徴です。火には人を自然のリズムとつなぐ力があるのかもしれないと思わせるゆらぎです。

甲斐かおり

内田さんはなぜハゼノキの栽培を始めようと思われたのでしょう。日常の中で和ろうそくに触れる機会はなかなかないと思うのですが。

内田樹志

前職の家電メーカーで、照明器具の営業開発や販売に携わっていて、灯りに関心があったんです。いろいろ勉強しているうちに、和ろうそくに出会って「なんだこれは…」と衝撃を受けました。大きな炎、温かみのある色、そしてその炎が風もないのに揺らいでいる。その頃から余暇に和ろうそく屋さんめぐりを始めて、コロナ禍で時間が空いて自分で何か始めたいと考えたとき、和ろうそくの火を思い出しました。

甲斐かおり

私も和ろうそくの灯を見せていただきましたが、炎が大きくて、見ているだけで不思議と気持ちが落ち着きますよね。
実際に、内田さんは照明器具として、和ろうそくの灯りのゆらぎを再現しようと試みたと伺いました。

内田樹志

そうなんです。僕はエンジニアではないので、揺らぎや色味のデータを開発者に渡し、和ろうそくのような光を人工的に再現できないかと頼みました。1/fのゆらぎと言われるものの再現で、ずいぶん色々試みてくれて再現はできたのですが、サイズ感や経済性の面で実現が難しかったんですね。似た商品も出ていますが、技巧的に揺らぎを見せているだけで、本質的な光の構造とは違うものです。その再現できない点が自然界ってすごいなぁと。もともと面白いなとは思っていましたが、めちゃくちゃ面白いな、に変わりました。

甲斐かおり

そこから深掘りしていくんですね。和ろうそくは、和紙をったものにイグサのずいを巻いて灯心にして、ハゼノキの実からできる木蝋もくろうを塗り固めてつくられるんですよね。まず内田さんはどんなところから入っていったんですか。

内田樹志

和ろうそく屋さんをまわりました。はじめはろうそくづくりからやってみたいと思っていたんです。でも巡ってみると、意外と同世代の後継者がいることがわかって、ああこれは職人になることが自分の役割ではないなと感じました。それより、皆さん、素材と道具が足りないと仰るんです。素材の話に強く惹かれて、原料のハゼノキに着目してみようと。でもハゼノキのことを知りたくても、どこに行って誰に会ったらいいのか、そもそもハゼノキを育てている人が国内にいるのかどうかもわからない。自分がメーカーにいたこともあり、素材へのアクセスポイントが全くないことが不思議でした。そこで、これからの世の中、その整備が必要なんじゃないかと感じたんですね。

甲斐かおり

工芸のどの分野でも、最終製品を形にする職人さんは注目されやすいですが、原料や道具をつくって支えている人たちにはなかなか光が当たらないですよね。知らない間に、原料をつくる人がいなくなり、道具をつくる職人がいなくなり、文化そのものが廃れていく…といった状況があらゆる工芸の分野で起き始めているなと感じます。

内田樹志

まさにそうなんです。のちにわかったのは、いま全国で木蝋を製造しているのは5団体ありますが、ある程度の量(*)のロウを法人として製造しているのは2社のみ。自社の畑でハゼノキの栽培をされているところもありますが、それ以外は副業的にハゼノキを栽培されている農家から実を仕入れています。

甲斐かおり

副業的にハゼノキを栽培される農家が減って、原料が入手しづらくなっているんですね。

内田樹志

はい。2社で、全国の和ろうそく屋さんに必要な木蝋のほとんどをおさめています。和ろうそくは洋ろうそくと違って、煤が簡単に払えるのでお寺などで使われることが多いんです。配分は少ないですが、リップクリームや口紅などの化粧品にもロウが使われていて、全体ではろうそくと同じくらいの使用比率になっています。

(*)10トン以上ほど

内田さんのところでつくったハゼロウキャンドル

「素材の民主化」。誰もが素材に容易にアクセスできるように

甲斐かおり

それにしても、ハゼノキも和ろうそくも、採算が合わないために生産量が減ってきた経緯がありますよね。それを今から復興というのは、難しそうにも思いますが。

内田樹志

昔と同じつくり方や生産体制のままでは続かないことは、過去の人たちによって証明済みです。でも新しい生産方法や仕組みができたらどうだろうと。それを自分の手でやってみたくなって会社を辞めました。個人の力であれ企業の力であれ、仕組み次第で一般の人たちの力を借りることもできると思ったんです。
よく「丁寧な暮らし」のようなライフスタイルがもてはやされますが、着るもの、食べるもの、使うものも、自分たちが素材からちゃんと選べる状況にはないですよね。売られているものを信じて買っているだけというか。

甲斐かおり

確かに、「オーガニック」や「エシカル」といったことがよく謳われるようになりましたが、どこまできちんとトレーサビリティがあるかというと、ほとんどわからないですよね。店頭に並ぶものもオンラインなどでも、明記されているものばかりじゃないし。

内田樹志

天然素材だから無条件にいいとは決して思っていません。
私はネジや部品をつくる町工場に囲まれた下町で育ったので、人工的な原料を使ったとしても、彼らが神経を注いでミリ単位未満の、めちゃくちゃ精度の高いものづくりをしていることを知っています。だから何かをつくる時に、工芸品につかわれてきたような天然素材がいい素材かどうかは、ちゃんと調べてみないとわからない。

でも今はその選択肢すら土台にのらないことが多いので、原料の生産者や研究者、情報にアクセスしやすい状況をつくることが重要だなと。誰かが、ハゼノキという植物を何かに使えるかもしれないと思ったときに、ある程度実験して整備してあれば、その後のアクションが実現しやすくなるので。

甲斐かおり

改めて原料が見直され始めている時代ですよね。あらゆる分野のものを、何でつくるか。

昔よく使われていた原料というだけで思考停止していたら、新しい用途を見つける機会すら失ってしまうかもしれない。藍染の世界でも同じような話を聞きました。藍という植物は天然染料として優れているのに、スクモを使った伝統的な手法、天然灰汁発酵建てにこだわるあまり、量産型の衣服に藍の葉を使うという発想が日本では生まれてこないと。

内田樹志

そうなんです。だからあらゆる素材において、アクセスしやすいことがますます重要になっていくと思います。大袈裟にいうと“素材の民主化”と言えるかもしれません。この素材を使いたいと思った人が、誰でもアクセスできて選べる環境づくりが大事です。

甲斐かおり

“素材の民主化”、面白いですね。具体的には、ライブラリ化するような形になるんでしょうか?

内田樹志

まずは自分が今進めている栽培や製造の記録をとって、オープンに公開することを考えています。今わかっているだけでも、ハゼノキは染色にも使えるし、ワックスのような天然固形油としての可能性も大きい。また、樹木として見れば紅葉で真っ赤に染まるので、まとまって植えれば観光資源にもなりえます。
さらに栽培に協力してくれる人を増やしていきたい。使い道と量、その両輪が大事です。これに使える!となったとき、量が採れなければ原料として役に立ちません。ですからそのために、ロウにするハゼの実を収穫しやすいよう低木に育てるなど、栽培面での実験も進めています。

ハゼノキで染めたストール
ハゼノキの用途の広さと将来的な可能性(内田さんの資料より)

実用化に近づいている、ハゼノキの世界

甲斐かおり

内田さんのハゼノキの山を見せていただきましたが、広々した土地で見晴らしもよくて、自由にハゼノキが植えてありますね。樹の成長度合いとしては、まだ青年くらいでしょうか。車の通る道から近いのも収穫の上では利点ですよね。栽培面での課題としては、いまどんなことがありますか?

内田樹志

じつはハゼノキの実を蒸してロウにするのですが、7〜8メートルほどの高いところに実がなるんです。それをいわゆる「ちぎりこ」さんという方たちが梯子で登って収穫するのが従来のやり方。高いところに登らないといけない点が障壁なんですね。慣れた人じゃないと危険だし、子どもたちに体験してほしいと思ってもなかなか難しい。

甲斐かおり

漆と同じで、かぶれもありますものね。それは人によって体質があるので仕方ない面もあるでしょうけれど。

内田樹志

はい。そこで自分より少し背が高いくらいで樹の成長を止めても、実が豊富になるような栽培ができないかなと、トライを始めています。従来の品種でも果樹と同じくらいの感覚で収穫ができれば、ぐっと身近な樹木になります。これから農家以外の方にも副業的にハゼノキを育てていただけたらいいなと思っているので。

甲斐かおり

従来の栽培方法が効率化されれば、可能性がさらに広がりそうですね。いま、内田さんが栽培を始めて3年目ですよね。もう実が採れる木もあるのでしょうか?

内田樹志

うちの山の樹はまだですが、隣町の南大隅町では昔からハゼが育てられていたので、ハゼノキが結構残っています。実を採っていいよと言ってくれる人もかなりいるんです。本数にすると500本はありそうなので、今年からは収穫を始めようとしています。合わせると2〜3トンのロウにはなるんじゃないかと見通しています。

甲斐かおり

それでどれくらいの金額になるものなんですか?

内田樹志

実だけを納めると100万円くらいですかね。ロウにして納品すれば、値段が10倍以上になります。まだ量が多くないので、うちでもハゼノキの実を圧搾あっさくする小さな機械を買って、当面は自社でハゼノキや木蝋を使った新しい製品を作っていきたいと考えています。そうすると、来年からは少しずつ換金できる見込みです。将来的には半分実で、半分はロウで卸せたらいいなと思っています。

甲斐かおり

製ロウ会社で慢性的に素材が足りない状況だとすると、ロウや実を卸すのは喜ばれますよね。

内田樹志

そうですね。需要はあるのに、原料が足りないので、収穫した実はその年に100%使い切ってしまっています。化粧品向けに、植物性の個体化に使えるロウを探していた会社があって、そういった新しい会社とも協力していく予定です。白蝋(木蝋)が、樹木を含むすべてにおいて国内生産できる点が貴重なんです。原産地証明の取得や、海外輸出も視野に入れています。

内田樹志さん。自らこの山にハゼノキを植えている
ハゼノキの枝を砕いたもの。木の枝は黄色

ハゼノキを新しい地域文化にしていくために

甲斐かおり

もともと鹿児島の錦江町はハゼノキが育てられていた場所なのですね。やはり西日本が産地なんでしょうか。

内田樹志

はい、じつは鹿児島のこの辺りが、ハゼノキの発祥の地と言われています。琉球から流れついたとか、中国から入ってきたなど諸説あるんですが、最初に日本に入ってきた土地という意味では間違いなさそうです。それが自分がこの場所を選んだ理由としては大きいです。

もう一つはハゼノキの栽培を応援してくれる林業の会社と出会ったこと。その会社が紹介してくれたおかげで山を借りることもできていますし、資金面でもサポートをいただいています。

甲斐かおり

ハゼノキを換金作物としてだけでなく、地域の文化として発展させていくことも考えられていますか。

内田樹志

熊本県の水俣などは、地域としてハゼノキを大事にしてきた文化があります。ただ鹿児島では、昔は米やサツマイモに代わる税金として納める作物だったので、農民は半ば強制的にハゼノキを植えさせられたような歴史があって、いい印象をもっていない人も多いんです。そこが難しいところだなと思っています。

甲斐かおり

そうなんですね。徳島県の藍も、昔は貧しい農家ばかりが藍栽培を行っていて、藍の品種改良や、機械化がほとんどされないまま今に至って、キツい仕事なのだと聞きました。藍染した製品や染色作家には注目が集まるけれど、藍の葉を育てる栽培面にはフォーカスされないので、原料が足りなくなっているという話でした。結局、原料の栽培の体制がしっかりしていなければ、その上にのっかる文化も存続の危機に陥るし、足元が揺らぎますよね。

内田樹志

今回の取り組みで、鹿児島でのハゼノキへのネガティブなイメージをポジティブなものに変えられなければ、この土地でハゼノキを扱う意味はないとさえ思うんです。

これから僕だけじゃなくていろんな人が、空いた土地に副業的にハゼを植えて換金できる仕組みをつくろうとしているんですが、昔の厳しかった副業としてではなく、ハゼノキを育てる人たちがより幸せになれるような循環を生み出していけたらいいなと思っています。

そのためにも、ハゼノキでつくったクレヨンを子どもたちにプレゼントしたり、絵本をつくってハゼノキの魅力や歴史、役割を伝えるなど、この植物が地域の誇りになるような施策も行っていきたいと思っています。

甲斐かおり

この土地がハゼノキに向く気候であることは、明白なわけですものね。その利点をどう文化に結びつけていくか。新しい試みだし、ものづくりの持続可能性を考えてもやり甲斐のある仕事だなと思えます。

内田樹志

人間が自由になる三大要素に「衣食住」をまかなえる手段が手元にあることだ、という言葉があります。食べもの、着るもの、住むところがあれば何とか生きていけますよね。

灯りという意味では、ハゼノキも生活に必要な一つ。そうしたものすべてに言えることですが、土地はこれだけ空いているので、素材にさえアクセスできれば、いざ必要な時にはそれを使って生きていける。素材に着目することは、大きな目でみれば、自由に生きられる権利を手に入れることにもつながることだと、僕は思っています。

大隅半島から見える桜島