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日本語でも難しい工芸の用語。これを海外の言葉で正確に伝えるのはとても大変です。さらに、英文には正しい表記や特殊語の扱い方にルールがあります。ザ・クリエイション・オブ・ジャパン(CoJ)は、「伝えるため」の言葉のみちづくりとして「工芸英訳ガイドライン」プロジェクトに取り組んできました。ここでは、なぜなぜこの活動が必要なのか、具体的に何をやっているのか、今後の展開は?など、この事業に興味のある方はもちろん、海外での展開を考えている文化関係のかたや、「翻訳」に興味のある方に、楽しく読んでいただければと思います。
「オックスフォード英語辞典」認定
『オックスフォード英語辞典』に、新たに23の日本語由来の言葉が加えられたと発表されました。
https://www.oed.com/discover/words-from-the-land-of-the-rising-sun?tl=true
その言葉は、以下のものです。
donburi(どんぶり)
hibachi(火鉢)
isekai(異世界)
kagome(籠目)
karaage(唐揚げ)
katsu(カツ)
katsu curry(カツカレー)
kintsugi(金継ぎ)
kirigami (切り紙)
mangaka(漫画家)
okonomiyaki(お好み焼き)
omotenashi(おもてなし)
onigiri(おにぎり)
santoku(三徳)
shibori(しぼり、纈)
takoyaki(たこ焼き)
tokusatsu(特撮)
tonkatsu(とんかつ)
tonkatsu sauce(とんかつソース)
tonkotsu(豚骨)
tonkotsu(とんこつ)*昔の「煙草入れ」の「とんこつ」
washi tape(和紙テープ)
yakiniku(焼肉)
アニメ・コミック、インバウンドの方々が日本で知った和食(日本人にとっては洋食であっても・・)、そして土産店で知ったのかな、と思うものが並び、いまを象徴していますね。しかし、「工芸英訳ガイドライン」の担当者として注目したいのは、「kintsugi(金継ぎ)」です。「金継ぎ」とは、日本語の辞書には説明されています。
割れたり欠けたりした陶磁器を漆で接着し、継ぎ目に金や銀、白金などの粉を蒔いて飾る、日本独自の修理法。修理後の継ぎ目を「景色」と称し、破損前と異なる趣を楽しむ。現代では漆の代わりに合成接着剤を使うこともある。金繕い。
「デジタル大辞泉」より
https://kotobank.jp/word/%E9%87%91%E7%B6%99%E3%81%8E-481548
金継ぎは日本独自の修理方法のため、それに対応する英語の言葉は存在しません。
そもそも日本国内においても、二つに割れたものをつなげる時に石油由来の接着材を使うのが当たり前になった現代では、漆を接着材として使うことを知らない人のほうが多いくらいでしょう。まして、金継ぎとなると、古美術やお茶道具の世界で特に大切なものだけに、継ぎ目に金や銀を蒔くものでしたから、一般に眼にする機会は多くはありません。
しかし、「環境」が意識され、「もったいない」「SDGs」という言葉が世界に拡がるにつれ、器を「捨てず」「修理して使う」行為の象徴として「金継ぎ」は一挙に知られるようになりました。作業はコツコツ没頭する心地よさもあり、ここ数年は教室はどこもキャンセル待ちの状態で、さらには外国人観光客向けの金継ぎ体験の工房が人気を博し、増えています。
金継ぎ工房を運営されている方が、このようなことをおっしゃっていました。
「『金継ぎ』は、できた継ぎ目や生まれ変わった姿を愛でるところまでを含めるので、英語のmoldingやrepairingなどでは言い表せない」
当時は、金継ぎが海外に注目されはじめてはいましたが、正確に伝えられる言葉がなかったのです。
今、オックスフォード英語辞典には、「Kintsugi」は、以下のように掲載されています。
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The Japanese art of repairing broken pottery by meticulously joining pieces back together and filling cracks with lacquer dusted with powdered gold, silver, or platinum, thereby highlighting the flaws in the mended object. Also in extended use: an aesthetic or world view characterized by embracing imperfection and treating healing as an essential part of human experience. Frequently as a modifier.
訳すと、
壊れた陶器を細心の注意を払って再びつなぎ合わせて修理し、漆で亀裂を埋め、金、銀、またはプラチナの粉を蒔き、それによって修理された陶器の継ぎ目を際立たせる日本の芸術。より広義には、不完全さを受け入れ、癒しを人間の経験の不可欠な部分とみなすという独特の美的感覚や世界観。頻繁に修飾語として用いられる。
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後半の「より広義」としての部分で、先の金継ぎ工房を運営する方がおっしゃった通り「repairing」以上の事柄が「kintsugi」という語に含まれていることがわかります。まさに、この概念までを含んだ英単語がないからこそ、「kintsugi」が英語になったのでしょう。「修飾語として使われる」のも、おそらくこの部分のことで、「金継ぎ的な○○」や、「金継ぎのように□□する」という表現になっていくのでしょう。
「金継ぎ」を表わす英語を考えたときに、「molding」や「repairing」では継ぎ目を愛でる意味が含まれないのではないかと疑ったように、英語で工芸分野のものごとを伝える際に、「この語や表現で、この内容は伝わっているのか」と、一瞬でも立ち止まるのはとても重要です。
よく知る言葉でも「伝わっていない」かも
この点で、工芸の世界で話題になるのが、「人形」です。
「人形」は英語では、「doll」と習いましたが、オックスフォード英語辞典には、なんと「a child’s toy in the shape of a person, especially a baby or a child(人の形、特に赤ちゃんや子どもの形をした、子ども向けのおもちゃ)」と記されています。そう、これは玩具としての意味しかなく、例えば私たちが工芸作家が手がけた「人形」を目にした際に抱く、直接触るのが時にはばかれる、ガラスケースに入れたくなる繊細さの感覚にはほど遠いのです。
もう一つ例を挙げてみましょう。「壺」「甕」です。水・酒、味噌やお漬物を溜める容器です。日本には「上に開口部を持つ器」にはさまざまな形状や用途のものがあります。壺も甕も区別がつかない・・という現実はさておき、液体を容れる器に、用途や場面によって言葉を使い分けてきました。「工芸英訳ガイドライン」p.3に掲載されている以下をご覧ください。
使い方によって言葉が完全に別のものとなり「壺」、「甕」、「水指」、「建水」となっている容器は、英単語ではすべて「jar」です。美術館に陳列された、例えば備前焼の壺も甕も水指も作品名としては、すべて「jar」となります。もっとも、展覧会の主旨によっては、使い方をしっかり伝える必要もあるでしょう。そのときは、「jar+用途を説明する語」にして、もとの日本語に近い意味をつくっていきます。たとえば、「水指」は「茶道の点前に使う、水を蓄えておくための容器」なので「fresh water jar」、「建水」は「茶碗をすすいだ(使い終えた)湯水を捨てる広口の容器」なので「waste water jar」となります。ここに文化としてのこだわり(深化)があるからこそ、繊細な違いを表そうと言葉が細分化していった例です。
もちろん反対に、英語には細かく分けられた単語があるのに、日本語ではひとつの単語になってしまうものもあります。工芸、芸術の分野ではありませんが、代表的なのは、「牛」です。こちらも、上の通り、「工芸英訳ガイドライン」(p.4)にも掲載されているのですが、「cow」「cattle」などオスかメスか、子どもか大人かなどの違いで英語では13の単語になっているものが、日本語では「牛」となります。これは、欧米が牧畜を中心とする文化だから深化し細分化した証しです。同様に、日本では「魚」「米」「木」に関する語彙が豊富です。魚へんを持つ漢字の多さから一目瞭然ですし、「ブリ」が、成長によって「イナダ」、「ワラサ」などと呼ばれるのは、英語の「牛」と同じですね。
金田一春彦著『日本語 新版(上)』によると、そもそも日本語は単語(語彙)の数が非常に多い言語だそうです。原因としては、①日本人の生活文化の複雑性、②日本語が新しい語彙がつくりやすい とありました。
①については、日本の食生活や生活習慣が、様々な文化の要素を取り入れた多様なものであることからわかります。②については、①で入ってきたような新しいものやことを、外国語をカタカナとして取り入れて表現しやすいとありました。
他にもこの本には、たとえば「日本語には、自然を表現する言葉が多く、それは日本の自然が変化に富んでいることはもちろん、日本人が自然に親しみ、強い関心をもって来たことを意味している」など、時に他の文化の言語と比較しながら様々な事例が紹介されており、「言葉」は「文化」と密接に関わっているのだなあということがわかります。ご興味のある方は、ぜひご一読ください。→金田一春彦著『日本語 新版(上)』 (岩波新書 1988年)
工芸に関する言葉は、「本=book」のように一対一ですっきりと置き換えられることはごく稀だと思いましょう。そもそも現代に生きる私たちにとって、日本語であっても理解できない工芸の技や形状を表す言葉が多数あります。それらを、自然の条件や生活習慣が異なる国の人たちに、言葉を置き換えながら理解をしてもらうわけですから、多くのかみ砕いた「説明」、時には背景を含めた「補足」が必要だと心して向かう必要がありそうです。