Page Index
みなさんの生活の中で身の回りにあるものは、時間が経つと古くなったり壊れたりしますよね。博物館や美術館の展示品も同じです。
200年、300年前のもの、さらには何千年も昔のものが今も残っているのを見たことがあると思うのですが、それって、とてもすごいことだと思いませんか?
ただしまっておくだけでは残らないものも、たくさんあります。
ものを修理、修復して未来にのこす仕事を、英語でコンサバターといいます。「conserve」には「保存」「保護」という意味がありますが、日本語では修復師、修理技術者、保存修復専門家など、いろいろな言い方があります。普段、そのような人たちがいることを考えたことはありますか?
今回は、その保存修復という分野の中でも特に日本の掛軸や巻物などを修理する「装潢」に注目します。
場所は日本から離れて、イギリスの首都ロンドン。世界的にも有名な大英博物館には畳敷きの修復スタジオがあり、そこでは毎日、日本の文化財が大切にケアされています。
そのスタジオで働く日本人のコンサバター、楠京子さんにインタビューしました。

楠 京子(くすのき きょうこ)
1979年石川県生まれ。2002年奈良教育大学古文化財科学専攻を卒業、2004年東京芸術大学大学院文化財保存学専攻を卒業後、奈良国立博物館文化財保存修理所内の株式会社文化財保存に入社し、装潢文化財の修復に従事する。2011年から独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所でアソシエイトフェローとして勤務。同研究所が実施する在外日本古美術保存修復協力事業の中で、海外の博物館が所蔵する日本絵画の調査および修復に携わる。日本、ドイツ、メキシコで開催された、海外のコンサバターに装潢技術や材料を伝えるワークショップで講師を務める。2015年に一般社団法人国宝修理装潢師連盟認定の主任技師の資格を得る。2016年に渡英し、大英博物館コレクションケア部平山スタジオの日本絵画コンサバターとして勤務している。
装潢師(そうこうし)というお仕事
森尾さゆり
現在の大英博物館での京子さんのお仕事と、それまでの経緯を教えてください。
楠 京子
私は現在ロンドンの大英博物館にある、平山スタジオで日本絵画のコンサバターとして働いています。今年で11年目になります。
もともとは、奈良教育大学で土器や石器などの考古学資料の年代測定や産地推定を勉強していました。その後、東京藝術大学の文化財保存修復学科で保存科学を学びました。
卒業後に奈良にある修復会社に就職して、そこで修復の技術を一から学びました。
7年間働いた後、東京文化財研究所で、アソシエイトフェロー(任期付研究職員)として5年勤務しました。
最初に面接を受けたときは、修復の研究室での材料や技法を研究する仕事という話でしたが、採用された後に組織替えがあって国際部に所属することになりました。
そのおかげで海外にある日本文化財の調査にも関わることができ、今に繋がっています。
「装潢師」とは?
掛軸・巻子や障壁画など、絹や紙に描かれた絵画や書などの文化財の保存や修理する人たちです。
「装潢」は絹や紙に鑑賞や保存のための装丁を施したり修理したりすることを言います。「装」は「装う」や「仕立てる」こと、「潢」は「染める」という意味です。
本来なら弱い素材である絹や紙を時代を超えて保存するためには、繰り返し修理することが必要とされます。その「再修理」を前提とした、作品を傷めない解体や修理の技術が、材料とともに受け継がれています。
森尾さゆり
装潢師になるきっかけは何だったのですか。
楠 京子
装潢という仕事自体を知ったのは大学3年生のときに、一遍上人の絵巻物の修復記録のビデオを通してです。建造物彩色の研究をしている先生の授業で一遍上人絵巻のビデオを見たのですが、修復作業をしていたのが先生の奥様だったので、いろいろお話を聞いて、こういう世界もあるのかと知りました。
森尾さゆり
装潢師になるにはどのような道があるのでしょうか。
楠 京子
工房に入って技術を学ぶことが多いです。何年かそこで経験を積む中で、試験を受けたり。いろいろ段階がありますね。あとは大学でも装潢を教えている先生がいたりして、そのような大学を出て工房に入るという道もあります。
森尾さゆり
イギリスでお仕事をしていらっしゃる京子さんの今の役職は、英語だと何というのですか。
楠 京子
役職としては、Conservator for Japanese paintings (日本絵画専門コンサバター)なのですが、「ペインティング」という単語を用いると、西洋では油絵を想像されるので難しいんです。日本とヨーロッパの認識の違いが面白いなと思って。
日本ですと、装潢という言葉を知っている人には「装潢をやっています」と言いますが、あまりご存じでない方にお話するときには「日本絵画の修復師です」と説明します。コンサバターと言っても、通じるか通じないかわからないときもあるので。
大英博物館にはどれくらいのコンサバターがいるの?
全部で57人(2026年2月時点、パーマネントポジション50人、プロジェクト契約7人)
ほどいます。以下の専門分野に分かれています。
無機物部門の責任者
石材、壁画およびモザイクのコンサバター
陶器、ガラスおよび金属のコンサバター
有機物部門の責任者
有機物のコンサバター
絵画部門の責任者
西洋の紙作品のコンサバター
マウント専門のコンサバター
東洋の紙および絹作品のコンサバター
保存科学部門の責任者
保存科学者
過去とのコミュニケーション
森尾さゆり
私は作品の観察が好きだったりするのですが、京子さんが修復の作業をしていて一番楽しい部分ってどこですか。
楠 京子
私も同じで、その「観察」です。だからこの記事のコンセプトにもあった「ものに触れて、見えないその背景を感じる」というのが、やっぱり私達の一番のパッションなんじゃないかと思うんですよね。
もちろん修復の処置をしているときも楽しいのですけど、純粋に顕微鏡をのぞいて顔料の粒の一つ一つを観察するのも、すごく楽しい。
あと、後世に加えられた修理の跡が見えたりするのも好きですね。

森尾さゆり
後世の修理で 「これはずいぶん雑にやったな~」と思うことはありますか。
楠 京子
そういう場合もありますけど、「頑張ってるな~」って。「私も今頑張ってるよー」っていう(笑)。
森尾さゆり
コミュニケーションが(笑)
楠 京子
私たちは今の材料と技術で最善を尽しているのだけれど、やっぱり今後300年、400年後の技術で見たら、「頑張ってるね~」って思われるだろうなと。
森尾さゆり
国の選定保存技術である装潢の技術は、ユネスコ無形文化遺産への登録もされています。すでに方法は洗練され定着しているというイメージがあるのですが、時代に合わせて変えたり、より良い方法に自分で変えたりもするのですか。
楠 京子
大枠としては、昔からある伝統的な技術、材料、道具を使って伝統的な形式に仕立てて伝えるというのが原則です。ただ、これはもしかしたら私の希望的観測かもしれないですけど、より良い修理をするために、新しい技術、材料、方法を取り入れることに否定的ではないと思うんです。
「掛軸」とは?
日本の絵画や書を壁面に飾るための伝統的な仕組みです。絵画や書を、布や和紙で表層して竹や木などの軸をつけて仕立てたもので、床の間などに掛けて飾ります。鑑賞するときだけ開き、普段は巻いて保存するためコンパクトに収納できるだけでなく、外気による劣化から作品を守ることができます。
本紙(ほんし):絹や紙に描かれた絵画や書。掛軸の中心部分です。
装丁(そうてい):本紙を保護し、美しく見せる装飾。
表装裂(ひょうそうぎれ):本紙のまわりに使われる織物。軸(じく):掛軸の上下にあり、特に下軸(しもじく)は、掛軸を巻き取るときに使います。

森尾さゆり
大英博物館のYouTubeで、法隆寺の掛軸修復のエピソードを京子さんが解説していらっしゃいますね。軸の中にプロジェク トに関わった人の名前を残すシーンがあって、すごく面白いなと思ったのですが、これは日本の伝統なのですか。
楠 京子
日本で主に行われています。私が奈良で働いていたときには必ず、関わった人の名前を見えないところに書いて入れたりしていました。
森尾さゆり
タイムカプセルですね。それは逆に言うと、京子さんが古い掛軸を開いたときに、昔修理した人の名前が見つかるということですか。
楠 京子
はい、出てきます。何年か前に聖徳太子の絵を修理したのですが、修理した人の名前ではなく「不動尊」って書かれたものが出てきて。不動明王に使われていた材料を再利用したみたいなんですね。使える材料は使いまわして、利用していたとわかったり。
あと、今年の春から始めた愛染明王の掛軸には、下軸に、「二世の供養のために、寛文二年に修理しました」と書いてありました。
森尾さゆり
そういうのを見るのは、ぐっときますよね。そうすると、自分の名前も将来誰かが見るのかなぁとか想像しますね。この慣習はずっと昔からやっていることですか。
楠 京子
そうだと思います。いつ頃始まったのかわからないですけど、少なくとも江戸の頃にはそういったものがあります。
修理のプロジェクトは、昔はお寺さんが主導していて、寄進(神社や寺院に金銭や物品を寄付すること)を受けてそのお金を修理に回していたんですね。なので修理した人だけではなくて、その修理にお金を出した信者さんたちの名前も出てくることがあります。
森尾さゆり
ちょっと気になるのですが、名前は漢字でそれぞれ自分で書くのでしょうか。
楠 京子
今のスタジオでは書く人がいないので、私が全員分書いてます。私は漢字で書いて、同僚の名前がアルファベットの人はカタカナとアルファベットで。
森尾さゆり
平山スタジオにいらっしゃるのは、日本人だけではないのですよね。
楠 京子
中国の方もいます。韓国の方もいたのですが、5年のプロジェクトを完了して辞められたので、韓国の作品は現在私が担当しています。平山スタジオには、他に、イギリス人、イタリア人、フランス人、ポーランド人がいて、現在6名のコンサバターが働いています。
森尾さゆり
そうなんですね。同じアジア圏では、装潢の技術は全く違うわけではなくて、ある程度シフトできるのですか。
楠 京子
特別展示に出す前の応急的な修理だと、私も韓国絵画、中国絵画それぞれできるのですが、裏打ちをやり直したり表装を変えたりといった、もっと深い修理となると、やはりそれぞれ中国や韓国の専門家と一緒にやります。
「裏打ち」とは?
紙や絹に描いた作品の補強として裏面に和紙を「打つ(貼る)」ことです。それによって、シワやたるみによる変形を防ぎます。
また、その際に天然素材である水溶性のデンプン糊を使用することで、修復の際に作品を傷めることなく裏打ち材を剥がし、再度裏打ちし直すことができます。
剥落止めの様子 ©The British Museum水を理解し、操ること
森尾さゆり
過去の手仕事に出会って、感動することってありますか。
楠 京子
まっすぐに切った紙同士をもう本当に美しく、全くブレずに、1,2ミリの重なりで綺麗に貼ってあるのを見ると、素晴らしい技術だなと思いますね。
森尾さゆり
それはもちろんかなり難しいですよね。
楠 京子
難しいです。補助的なテクニックを使えば美しい1ミリの継ぎ目が何の苦もなくできるけれど、ちょっと手間も時間もかかる。なので、できるだけそういうことはやらずに、直に1ミリを狙って置きたいなと思うんですけど。
森尾さゆり
水とどう関わるかというか、紙がどういうふうに水と反応するかというのを体感で想像したり、実際に操ったりできる人がうまくやれるのかな、と思ったりするのですが。
楠 京子
おっしゃる通りです。本当水を操る、水を理解するのは大事だと思います。紙によって反応が違うし、紙の厚みとか繊維の長さによっても異なってくるので。
「喰い裂き」といって、和紙に水をつけて裂くと和紙の毛羽がたつのですけど、それを絶妙な重なりで貼り合わせて、紙を長く継いでいく技術があるんですね。
この場合は、貼り合わせる感覚だけじゃなくて、綺麗に喰い裂くというのが重要なのです。
森尾さゆり
良い喰い裂きというのは、毛羽がまっすぐ裂いた方向に一定になるということですか。
楠 京子
そうです。かつ毛羽が出始めてるところが綺麗に真直ぐなのが理想的で、力の入れ方が不均一だと、毛羽が深く入るところと浅いところで真直ぐにならない。初心者だと、どうしても力んでしまうので、その手跡がついてしまうのです。

和紙に水をつけて裂く「喰い裂き」©The British Museum
森尾さゆり
それは和紙の原料が繊維の長い楮だからできるわけですよね、毛が短いと喰い裂きが短くなってしまう。面白いですね。
「和紙」とは?
楮、雁皮、三椏、麻などの植物を煮て繊維質を取り出し、それを原料とした液を「漉き舟」と呼ばれる大きな容器の中で簀桁という道具を使い均一の厚さに流し固めてできた紙のことです。
洋紙に比べると繊維が長いため強度があり、また変質しにくいという特徴があります。
楠 京子
私も昔、うまく食い裂きができなくて毛羽が立てられなかったものを、先輩がしょうがないなぁって言いながら代わりに美しく継いでくれるわけですよ。そういうのを見ながら学んで。材料もそうだし、使う道具も技術もそう。全部一体ですよね。材料、道具、技術の三位一体だなと。
森尾さゆり
本当にそうですね。それが全部そろってはじめて実現するんですね。
※その2へ続く
取材協力
The British Museum
Great Russell Street, London, WC1B 3DG
One of a kind: the Hirayama Conservation Studio
https://www.britishmuseum.org/blog/one-kind-hirayama-conservation-studio
奈良法隆寺金堂壁画の復元
https://www.youtube.com/watch?v=s3Ai-VjmRPo

