ものの向こう 第2回

千年の時を超えて

日本の文化財を保存・修復する「装潢師」 その2


みなさんの生活の中で身の回りにあるものは、時間が経つと古くなったり壊れたりしますよね。博物館や美術館の展示品も同じです。200年、300年前のもの、さらには何千年も昔のものが今も残っているのを見たことがあると思うのですが、それって、とてもすごいことだと思いませんか?
ものを修理、修復して未来にのこす仕事を、英語でコンサバターといいます。「conserve」には「保存」「保護」という意味がありますが、日本語では修復師、修理技術者、保存修復専門家など、いろいろな言い方があります。今回はその保存修復という分野の中でも、特に日本の掛軸や巻物などを修理する「装潢そうこう」に注目します。
ロンドンの大英博物館で装潢師として働くくすのき京子きょうこさんにお話を伺い、前回の記事では、楠さんがこの職業を選んだきっかけや、仕事の中で感じる難しさや楽しさについてお話しいただきました。後半では、装潢において海外と日本がどのように関わり合っているのか、そしてミュージアムでの新しい試みや今後の課題についてお伺いしました。その1はこちらです。

海外でも使用される日本の和紙や筆

森尾さゆり
楠 京子

はい、ストックはあります。でもどんどん使っているので、また買い足していかなきゃいけない。今どれくらい待つかはわからないですけど、数年順番待ちの和紙もあったりします。
中国の画仙紙も、ダンボールで何十箱とストックがあるのですけど、中国のコンサバターによると、このクオリティの画仙紙はもう買えないらしいです。

森尾さゆり
楠 京子

中国は、とても大きな工場が結構あるみたいです。書道の文化がまだまだ根強いし、アーティストや学生たちも大量に使うので、需要があるんですね。
需要はあるけれども、機械化された製造方法では昔の手漉きとは違う感じなのかなと思います。

森尾さゆり
楠 京子

機械漉きも使います。でも、最終的な裏地にはやっぱり使っていませんね。

森尾さゆり
楠 京子

日本で買っているのですが、刷毛屋さん自体がもう少なくなっているので。東京にある小林刷毛屋さんとか。あと京都にあった西村刷毛屋さんは、ご主人がお亡くなりになって、もう購入することができないんですね、手に入らなくなってしまいました。

いろいろな刷毛 ©The British Museum

のり」とは?

接着の働きをするもので、装潢には伝統的に天然の糊(接着剤)が使われます。代表的なものは以下の3つです。

正麩糊しょうふのり:小麦粉のデンプンから作られています。
布海苔ふのり:海藻から粘り成分を抽出したものです。
にかわ:鹿や牛、ウサギや魚などの皮や骨から抽出したゼラチン質を固めたものです。

森尾さゆり
楠 京子

普段は正麩糊と布海苔と膠なのですが、合成樹脂も使います。アクリル系の接着剤や、樹脂ではないけれどセルロース系のものとか。

森尾さゆり
楠 京子

そうですね。あとは、絵の具の表面がふわふわして筆で触ると取れてしまうようなものは、まず最初に合成樹脂やセルロース系の接着剤で強化して、触れるぐらいの状態になったら膠を使って接着するという方法もとります。
水に弱い染料は水でも溶剤でも滲んでしまうので、だましだましやるしかないようなときもありますね。顕微鏡で覗きながら、本当にちょっとずつ、ちょっとずつ。

森尾さゆり
楠 京子

はい。でも絵の具の顔料ごとに接着剤への反応が違うのってすごく面白いなと思うんですよね。化学的に、お互いの分子間で働く力が違うとか、あと単純に顔料の粒の形の違いというのもあるのですが。

染料せんりょう」「顔料がんりょう」とは?

染料:草花などから抽出した色素で、水に溶ける性質を持ちます。布や紙に染み込ませ、直接色をつけます。
糸や布などを染めるときに使われます。
顔料:水や油に溶けない粒状の粉末で、絵を描くときに使う色の粉です。
土や鉱物に由来し、にかわを接着剤として混ぜ、紙や布に定着させます。

ひとつしかないものに向き合う

森尾さゆり
楠 京子

何かを作品に「与える」というのは、こわいなと思います。取り除くという行為もすごく神経を使いますが、やっぱり何かを与えることで作品の状態が変わることがこわいですね。

森尾さゆり
楠 京子

はい。でも、水を与えるのがまずこわい。

森尾さゆり
楠 京子

それはしたことがないです。
作品の汚れを取る場合は、作品の下に吸い取り紙を敷いて作品を置き、スプレーして吸わ
せる方法を用います。

でも中国の絵画修理の人たちは、クリーニングをするのに温かい水を使うんですよ。沸かしたお湯をちょっと冷まして刷毛で塗って、糊の緩みを利用してその後すぐに裏打ちを剥がしていく。ですから、絵具の層がしっかりしてることを確かめてやるのだそうです。

森尾さゆり

国によって、良しとする修復の方針が違うことはありますか。

楠 京子

そうですね、特に補彩の方針が日本と中国で違いますね。
日本だと、絵画の欠損けっそんした部分は背景とトーンを合わせて目立たなくしますが、詳細を描き起こしたりといったことはあまりしません。
でも中国の場合は、欠損がわかるまま残しておくのは不完全な修理だという認識なので、線が途切れていたら綺麗に自然な感じに描き足したりしています。
また、絵画の中の建物の一部に穴が開いている場合も、反対側に同じ建物があったとしたら、それをコピーする形で建物の一部をきちんと描いて、色もしっかり復元しているようです。

森尾さゆり

同じ平山スタジオで方針が違うんですね。そういった方針って、日本の装潢では一般的にそういったベースのところはみなさん同じなのですか。

楠 京子

そうですね。特に国の指定文化財のような場合は、新たに絵や文字を描き起こしたり加えたりしないという方針で行っています。

「オリジナル」とは?

作者の意図のもとに制作された、作品のもともとの ”本物” の部分を指します。
どこまでを”本物”とするのか、線引きが明確でない場合もあります。

補填ほてん補彩ほさい」とは?

補填:オリジナル(元の姿)が欠けて失われた部分に新たに素材を加えて形を整えることです。
補彩:補填部分とオリジナル部分の見た目の違和感をなくすために加色することを言います。それにより、仕上がりの落差をやわらげます。

森尾さゆり

その方針は昔からそうだったわけではなくて、西洋の考えも入ってくる中、時代と並行して方針も変ってきたのですか。 

楠 京子

その通りですね。昔の修理の跡などを見ていると、描き起こしたりしているものもありますし、そういう過去の補彩を今の修理で取るかそのまま残すかというのも、結構問題になりますね。

森尾さゆり

ヨーロッパのコンサバターの方が、装潢に関して驚かれることってありますか。

楠 京子

初めて奈良の工房に入って私がまず衝撃だったのは、表装を新しく取り替えることでした。その驚きは、西洋の方が感じる驚きと全く一緒だと思います。取っちゃうんだ!っていう。

表装替えの前後写真(左/修復前、右/修復後)©The British Museum
森尾さゆり

取り替える場合は、表装はオリジナルではないということでしょうか。

楠 京子

そうですね、オリジナルではないと思われる、または現代の私達の感覚から言って、色や文様が絵画の主題と一致していない、邪魔しているように感じるときなども、表装を替える場合があります。
表装は絵画を飾るだけではなくて、作品を保護するという役割があるんですね。新しくして強度のあるものでやり替えないと、次の100年200年に本紙がもたない場合もあります。

でもここ10年ぐらいの傾向として、表装の裂(きれ:織物のこと)をできるだけ再利用しようという動きを感じます。昔よりは増えてきている。

森尾さゆり

再利用というのは、補強をして裂をまた使い直すということですか。

楠 京子

そうです。でもなぜ再利用するようになっているかというのは、オリジナルだからという理由だけではないと思います。オリジナルではないけれど、その表装が施された例えば200年前当時の美意識を伝えようという考え方もあるでしょうし、難しいですよね。

国宝修理装潢師連盟こくほうしゅうりそうこうしれんめい」とは?

掛軸や巻物、歴史資料といった美術工芸品を中心とした文化財の保存修理を行う専門家たちの集団です。現在、10社の工房が加盟しています。

森尾さゆり

どの時点に戻すかは、難しいですね。大英では、京子さんが最終的に表装を決定するのですか。

楠 京子

はい。日本の装潢師連盟さんと共同で修理している作品は、連盟の代表で来ている方と私と大英の学芸員とで相談して決めるのですが、それ以外の、博物館の展示や貸し出しで、表装替えをしないといけないような修理は、私が最終決定をします。
でもそういう経験も本当、まだまだこれからなので、日本の先輩に写真を送って、「どう思いますか?」とアドバイスをもらったりしてます。

森尾さゆり

やっぱり日本とのやり取りは多いのですね。

©The British Museum
森尾さゆり

平山スタジオでは、住友財団の助成事業として、装潢師の育成や技術交流をされています。
装潢師連盟の方が平山スタジオに来て、大英の方と共同作業を行うなかで、日本の装潢技術について理解を深めてもらうと同時に、海外で作業することで、連盟の装潢師さんたちも視野を広げる機会となる。相互に学び合っていくシステムが、いいなと思いました。

楠 京子

ありがとうございます。そう言ってもらえるとすごく嬉しいです。日本からいろんな人に来てもらって一緒に作業して、今日本でこういうことやってるんだよと教えてもらったり、私も受け取るものはたくさんあります。
来てくださった方は、海外のスタジオで作業するのは非常に楽しいとか、面白いとかおっしゃいます。お互いに学び合えるプロジェクトが理想ですね。
「1日スタディーデー」を設けて、平山スタジオに限らず、別のスタジオ、それこそ立体物の保存修復室とかテキスタイルなど、いろいろ見に行ったりもするのですが、日本の方たちはその中で得るものも大きいかなと思ったりします。
あと日本の装潢の方は、中国の技法が面白いといつもおっしゃいますね。知識としてはあるけれど、実際にやっているのを見る機会は少なかったりしますし、同じようなことをしているからこそ、小さな違いがわかって面白いなと感じます。

森尾さゆり

大英博物館では子ども向けにいろいろなイベントがありますが、コンサバターとして関わられたものを教えてください。

楠 京子

実際にイベント自体に参加したわけではないのですが、「Sleepover(スリープオーバー)」という、子どもたちがミュージアムにお泊りするプログラムが日本ギャラリーで行われたときに、ビデオを提供しました。
あとイベントではないのですが、大英博物館が定期的に子ども向けのミュージアムマガジンを出していて、そこにコンサバターの仕事をわかりやすく説明する記事を最近書きました。博物館のコンサバターは、博物館のコレクションのGeneral Practitioner (GP:地元のかかりつけ医)みたいなものですと。日本絵画のGPみたいな感じでしょうか。
子ども向けに限らずにいえば、大英で2017年に北斎展を開催したときに、目の見えない方を対象にしたツアーがありました。
そのときに、触ってもいい道具や材料を提供してほしいと頼まれて、筆や刷毛、絵具皿などを用意して、参加者に触ってもらったりもしました。

森尾さゆり

見えない人と展示を鑑賞する中に、修復の視点も入ってるんですね。さわれるのは良いですね。

楠 京子

やっぱり、すごく理解が深まりますよね。

日本でも触れられる展示が増えてきているように思うのですが、前回東京国立博物館へ行ったときは、工芸の展示室に螺鈿らでん技法の映像とさわれる展示物があって、そういったものは積極的に触って体験するようにしています。

葛飾北斎《神奈川沖浪裏(冨嶽三十六景)》 の点検の様子  ©The British Museum
森尾さゆり

修復した作品で、一番感動した作品はなんですか。

楠 京子

一番を決めるのは難しいですが、桜井香雲による法隆寺金堂壁画九号壁の模写が強く印象に残っています。典具帖という向こう側が透けて見えるくらい薄い紙に描かれており、かつ作品の寸法は縦310cm横260cmと非常に大きく、修理中のハンドリングが大変でした。掛け軸に仕立てるために6層の裏打ちを施したのですが、修理後は色や描線に深みが出て立体感を感じとても感動しました。

森尾さゆり

修理をしていると、それが目の前にあるわけじゃないですか。やっぱり展示されているものを前にして見るときと、だいぶ違いますか。

楠 京子

そうですね。作業中見てるときは、それこそ絵の具の粒しか見てなかったりしますね。作品全体として印象を受け取るというよりも、裂け目があるなとか、なんか表面がふわふわしてるなとか(笑)。
だから全体の印象って、実は覚えてなかったりして。展示されてるのをあとから見に行って「こんなのだったのか」と鑑賞するという。

森尾さゆり

変な質問ですけど、コンサバターあるあるってありますか。道を歩いていて塗装が剥がれかかっているのを見ると、脳内で直したりしますとか。

楠 京子

あります、うんうん。塗装の剥がれとかは、どこからどうやってアプローチするかというのは考えたりします。あそこを最初に止めてとか(笑)。
引越しで部屋を出るときに、開けた穴を埋めて美しく補彩できたりすると、「直したことなんて絶対わかんない」と一人で悦に入るとか。

大英博物館 三菱商事日本ギャラリー ©The British Museum
森尾さゆり

環境も変わってきているし、文化や科学も変化している中で、今まで続いてきた伝統の装潢技術は、そのまま変化せず続くのか、それとも変っていくと良いのでしょうか。

楠 京子

とてもざっくりした答えですけど、もっとオープンになったらいいのではないかと考えています。
伝統に根ざしているのは確かにその通りなのだけれども、伝統ってやっぱり変わり続けるものだと思うので、技術や素材も新しい研究成果を反映させたり、私達もこれから伝統を作っていっているという感じで、よりオープンになっていかないと。

森尾さゆり

そうですよね。日本の伝統工芸一般に言えることでもあるかもしれないですね。

楠 京子

でも、オープンにするってどういうのが良いのかなって。
例えば、インスタグラムで美しいプレゼンテーションでいろいろなものを見せるのも、非常にアピール力があっていいと思うのだけれど、何かそういうアピールの仕方だけだと、やっぱりまだ内に込められた、出しきれていない部分というのがいっぱいあるように感じてしまって。どうオープンにしていけばいいのかは、悩みますね。

スタジオツアーの様子 ©The British Museum

インタビューを終えて

本当に伝わる方法とは、どういうものなのでしょうか。オープンになることに関しては、装潢に限らず修復の分野全体にも、同じことが言えそうです。

でも小さなことでも、例えば和紙の「喰い裂き」の話を聞いて、私はやってみたいなと思ったのですが、それを実際にやってみると難しさやすごさが実感できたり、その作業を通して和紙の繊維の長さを体感したりすることで、身体感覚を通して理解するのは面白いですよね。

掛軸ってあまりじっくり見ないかもしれませんが、今度見るときには、何層にもなっていることや、もしかしたら軸に修理をした人の名前が書かれている紙が入っているかもしれないことを、想像してみてください。

京子さんがおっしゃった「内にこめられた部分」とはなんだろうと、もっとお話が聞きたくなりましたが、そういった内にある言語ではないようなものとの対話を、次はまた違う視点でお伝えしたいと思います。

取材協力

The British Museum

Great Russell Street, London, WC1B 3DG

One of a kind: the Hirayama Conservation Studio

https://www.britishmuseum.org/blog/one-kind-hirayama-conservation-studio

奈良法隆寺金堂壁画の復元
https://www.youtube.com/watch?v=s3Ai-VjmRPo