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まなびのまなび 第1回

想像し、遊び、デザインできる博物館

Young V&Aが学びにおいて大切にしていること|ロンドン

ここでは、子どものまなびにまつわる実践や場づくりをされている人たちと、彼らのアイデアや方向性に焦点を当てます。子どもたちが生き生きと学び、伝統工芸の面白さや美しさ、重要性が伝わるにはどうしたらよいのか? コンサバター(保存修復師)である筆者が、自身の分野を伝える際にもつ共通の課題を通して、「聞いてみたい」 から得た視点を共有していきます。

Young V&A 館内のタウンスクエアとらせん階段
© Luke Hayes courtesy of Victoria and Albert Museum, London

世界中の美術工芸品を数多く所蔵するヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)。その分館であったV&A子ども博物館 (V&A Museum of Childhood)が、改装に際し「Young V&A」と改名し、今年の7月1日にオープンしました。目指すのは、子どもや若者、家族が想像し、遊び、デザインできる博物館。インスピレーションに満ちた空間が、創造性を刺激します。

そんな子どもや若者のための博物館で、ワクワクするプログラムやワークショップを企画運営するのがフォーマル・ラーニングチーム。そこでシニアプロデューサーとして2017年から2023年までご活躍されていたカースティ・サリヴァン(Kirsty Sullivan)さんに、学びを生き生きとしたものにするために大切な要素を伺いました。*

*取材後に職を移され、現在はクエンティン・ブレイク・イラストレーションセンターで、教育普及部長をされています。

カースティ・サリヴァン(Kirsty Sullivan)
[元Young V&A フォーマル・ラーニング シニアマネージャー、
現クエンティン・ブレイク イラストレーションセンター]

関わる人同士が相互に学べるワークショップ

Young V&A デザイン・ギャラリー「デザイン・フォー・チェンジ」
© Luke Hayes courtesy of Victoria and Albert Museum, London

7年間にわたる計画と準備を経て、今年の夏ロンドンのイーストエンド、ベスナル・グリーンに再開したYoung V&Aですが、その前身であるV&A子ども博物館の来館者の多くは何度も足を運ぶリピーターです。同館は改装のために3年間休館していましたが、築いてきた地元のコミュニティとのつながりを絶やさないために、「彼らが新しい博物館に期待していることを、継続的にコミュニケーションを図るよう 心がけてきた 」と、カースティさんは言います。


昔の幼児服を見せて解説するアシスタント・キュレーター(写真:Mishko Papic, V&A)
© Victoria and Albert Museum

その一つが“Design can make things last for longer” (デザインはものを長持ちさせる)。11歳から22歳を対象に、博物館のコレクションと自分とのつながりをつくる企画です。 この「デザインはものを長持ちさせる」というタイトルは、Young V&Aの一つの展示エリアの主題にもなっています。
このプログラムが目指したのは “タンジブル(手ざわり感のある)” な体験。 地元の青少年センターからの参加者は V&Aの収蔵庫を訪ねて、展示前の作品を見ながらキュレーターの説明を聞いたり、デザイナーとものをつくったり、使われた材料について学んだりする4日間を過ごし、その中で、持続可能性やデザインについて話し合いました

こうした企画の中で、参加者だけでなく博物館の職員も新しいアイデアを得るという、双方向の学びの循環が生まれました。そしてこの双方向の学びの体験が、新しい学校向けの学習プログラムに発展したのです。

自ら選択した活動で発信した声が、大切にされる場

上述のConnect (コネクト=つなぐ) は、Young V&Aの大事なコンセプトのひとつですが、もうひとつにはCo-Design(コ・デザイン=共同デザイン)を掲げています。V&Aの説明によると、共同デザインとはものやシステムを開発、デザインする際に、使う側の意見を単に参考にするだけではなく、開発プロセスにおいて、より創造的なかたちで積極的に取りいれること。

新しいギャラリーでは、地域の子どもたちや若者たちが地元のメーカーやデザイナーと共同で制作やデザインをした作品が展示されています。そこでは ”共に” というプロセスに明確な価値を置いていることに、とても力強さを感じました。カースティさんは次のように言っています。

「若者たちの創造的なビジョンやスキルが、現役のデザイナーやメーカーの作品と一緒に展示され、彼らの声が表に出ることが重要だと感じています。地元の小学校と共同デザインした新しい階段や、持続可能なファッションを探究する共同制作のキルト、地元の中高生がつくったジン(註:雑誌のこと)など、博物館の発展には彼らの存在がとても重要です。若者の声が大切にされていることを知れば、若者たちは自分のアイデアや創作物を、より自信を持って発信し共有するはずです」

2021年冬、建築家エミリー・クエニーとの創作活動プロジェクトに参加する子どもたち
© Victoria and Albert Museum

新しい ミュージアムではさらに多様な体験学習の機会が増えます。子どもたちがつくり、想像し、空想できるような遊び場の模索から生まれたイマジネーション・プレイグラウンド (Imagination Playground)、建築や空間を身近に感じられるようなおもちゃを考案する建築家のエミリー・クエニーさんが開発したハッピースクエア (Happy Square)。これらは体験するなかで学ぶ事例としてカースティさんが挙げてくれましたが、そこで大事なこととして強調されたのは、アイデアや材料は提供しても、体験の結果として生まれるものや学びを事前にこちらで規定しないこと。カースティさんは「この自由さは、言語やスキルの壁を越えて自分自身の表現で参加できるようにするために本当に重要なことです 」と言います。

Young V&A 「組み立てて、遊ぶギャラリー」(Build It, Play Gallery )
© Luke Hayes courtesy of Victoria and Albert Museum, London

参加者が自分自身の表現で参加できるようにするために、結果として得られる学びを規定しない。逆に言うと、押し付けてしまっては、その子自身の視点の学びが得られないということなのかもしれません。 また、カースティさんはこうも言います。「子どもたちはもちろん意思や意見を持っていて、選ぶ力をもって自ら学びを選択する」と。

「とても小さな子どもの参加者は言葉を発しない場合が多いのですが、手触りを確かめたり、ものを掴んで遊んだり操作したり、周囲と関わったりしながら、何に興味があるのかを伝えることができます。私たちは特別な教育的支援が必要な子どもや障害を持つ子どもたちとも関わりますが、彼らの多くは同じように自分の意見を伝えているのです。
3~5歳の子どもたちは、自分が好きなこと、嫌いなこと、やりたいことについてはっきりとした意見を持っています。多くは、個人ではなく家族という単位の一員として共同デザインや共同の創造活動に関わります。同じように学校の中でも自分の関心の高いものに関わり、選択した活動を通して、自らの学習を方向づけています」

© Victoria and Albert Museum

プログラム のなかでは触覚を使った学びがより効果があるとのことで、カースティさんが監修されているフォーマルラーニング(主に学校などの授業の一環としての学び)の活動では、学習するための方法として、ものを扱います。重さを感じたり、硬さを試したり、温度を確かめたり。どのように動くのか、3Dでどう見えるのか、どんな感触なのかを探究するのです。

「この新しい経験が自分の過去の経験とつながりがあるかなど、ものを扱うということは、学びの切り口が増えること」とカースティ さん。
「ガラスケースの中のものを見るだけでは、これらの感触はわからない。使用を想定してつくったものなのに、それをただ ”見る”だけの状態は、人々のゆたかな体験を奪ってしまうことにもなり得ます」

とはいえ コレクションを直接扱うことは難しいので、授業のためにレプリカを用意したり、扱う「もの」が工業製品などの場合には同じか類似した製品を用いたりしました。

ワークショップによる経験を重ねて、
周囲にポジティブな影響を与える存在になる

手でつくられたものに触れ、それを扱うことで、そのものへの関心や学びが深まっていくのは、多くの方が体験を通して共感されると思います。手づくりにしても工業製品にしても、現代の私たちにとって、ものがつくられる過程は見えづらくなっています。そこで、触れたり扱ったりすることでものを通じて学ぶ経験と並行して、Young V&Aでは現在、ものづくりや製造技術に関する映像シリーズをまとめているところだそうです。またデザインギャラリーでは、ものづくりの実演を行って職人やメーカーの作業を見せたり、完成品ではなくプロセスに触れられる「素材ライブラリー」が出来るそう。素材やつくるプロセスに興味がある私としては、このライブラリーはとても気になります。


クギを持って子どもたちに語りかけるデザイナーのサム・ヘクト
© Victoria and Albert Museum, London

もうひとつ、 ものづくりの話から各国の伝統工芸の先細りの文脈でカースティさんが教えてくれたのは「ここ数年で伝統工芸への関心が非常に高まっている」ということです。これは彼女自身が若い人たちと一緒に仕事をする中でも実感しているそうで、特にバングラデシュやアフリカ諸国のコミュニティでは、両親や祖父母から伝統工芸の技術を学んでいる人が多いのだそうです。そして、彼らはTikTokを使って、学んだ技術を世界に発信し共有しています。

共有するということもそうですが、取材の中で何度もでてきた「共に」や「つながり」というキーワード。そのためにも一人ひとりが自分の声や表現を発見し、互いにそれぞれを尊重する。ワークショップやプログラムにおいてYoung V&Aが大切にしているものは、一人ひとりが身近な人や社会にポジティブな影響を与えられる存在となるための、経験の積み重ねの機会を創出することなのかと感じました。
次回Young V&Aを実際に訪れる機会を楽しみにしたいと思います。


オープンしたばかりのYoung V&Aですが、再スタートの第一弾の特別展示は、日本文化。「日本:神話からマンガへ(Japan: Myths to Manga)」というテーマです。日本の文化や技術、デザインに日本の景観や民俗学の要素がどのように影響を与え、変化してきたかを巡る展示です。

Young V&A よりお知らせ

Young V&Aにて、「日本:神話からマンガへ(Japan: Myths to Manga)」展が2023年10月より開催されています。

空から海へ、そして森から街へ。この展覧会では、胸躍る素晴らしい日本の歴史へ誘いながら、日本の風景や神話が、独自の文化やデザインにどのような影響を与えてきたかを探ります。感覚を刺激するインタラクティブな展示やアクティビティに加え、誰もが知るアニメーション制作会社スタジオジブリの映画『となりのトトロ』(1988年)や『崖の上のポニョ』(2008年)、マンガの絵をモチーフにしたコム・デ・ギャルソンのコート、舘鼻則孝の「ヒールのない靴」、そしてたくさんのポケモンも登場します。また、GoogleがSTUDIO4℃と制作したロールプレイングゲーム「Doodle チャンピオン アイランド ゲーム」(2021年)や、宮崎啓太による革新的な彫刻、広島市の平和記念公園で追悼のシンボルとされる千羽鶴の動くインスタレーションも展示されています。

この展覧会は、東芝の他、ロンドン・コミュニティ財団のドナー・アドバイスド・ファンド(DAF)であるCockayne – Grants for the Artsからの支援をいただいています。

公式サイト

Young V&A

Japan: Myths to Manga