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まなびのまなび 第2回

コミュニケーションの場としての

あそぶ、つくる、であう。東京おもちゃ美術館

東京おもちゃ美術館エントランス ©東京おもちゃ美術館

美しいものを子どもたちに

日本では珍しい“市民立”のミュージアムである東京おもちゃ美術館。2007年に閉校した旧新宿区立四谷第四小学校の校舎を使用し、2008年にこの地に移転。小学校そのままの外観を残しています。筆者が美術館を訪れた日は、平日の午後。建物の入口でバギーを押しながらおしゃべりしているお母さんたちの横を通り過ぎ中に入ると、懐かしい雰囲気に包まれました。

東京おもちゃ美術館廊下 ©東京おもちゃ美術館

「人間が初めて触るアートはおもちゃ。だからこそ美しいものを子どもたちに伝えられる場が必要だ」との想いからスタートしたこの美術館は、1984年に初代の館長が東京・中野区に自費で開館しました。もともと美術教育の専門団体だったこともあり、教育に主眼を置いた活動をしてきましたが、現在は、地域ならではの自然と文化の魅力を伝える場として全国に姉妹おもちゃ美術館も広がり、全部で12館が各地に設立されています。

そんな東京おもちゃ美術館のNPO法人部長として設立当初より運営に関わる山田心さんと、工作指導や作品の管理を担当されているサブチーフディレクターの貝原亜理沙さんに、あそびとまなびについて伺いました。

山田 心 やまだしん

認定NPO法人芸術と遊び創造協会 法人部 部長
「東京おもちゃ美術館」の設立準備段階より運営に携わる。製薬企業と連携した難病児支援やNGOと連携したミャンマーの小学校の教育支援、全国の子ども食堂と連携したイメージ改革プロジェクトなど、様々な組織と協働プロジェクトを実施している。

貝原亜理沙 かいはらありさ

東京おもちゃ美術館 サブチーフディレクター、おもちゃコンサルタント
美術館での調査研究業務や絵画造形教室講師などを経て、2017年から認定NPO法人芸術と遊び創造協会に入職し「東京おもちゃ美術館」に所属。江戸からくり玩具から木工まで工作指導や、収蔵品100カ国・10万点の管理を担当している。

あそぶ、つくる、であう

おもちゃ美術館のコンセプトは、“あそぶ、つくる、であう”。そこで大事にしているのは、おもちゃを介した人と人とのコミュニケーションです。実際にものに触れ、遊び、会話をし、人と人とがつながる。おもちゃを文化財としてとらえ、多世代の人たちが交流できる場を創出する役割を担っています。

展示してあるおもちゃは約5000点。その8割は、実際に手に取って遊ぶことができるそう。見ているだけでは何のおもちゃなのか、どのように動くのかわかりませんが、使い方を教えてもらい実際に遊んでみることで、はじめてその楽しさが体感として理解できます。

また、身近な素材を使って自分でおもちゃがつくれることを体験してもらうための「おもちゃ工房」もあります。ここでは頻繁にワークショップが開催されていて、この日は “鳴き声遊び” という、紙コップとタコ糸を使ったシンプルな音が出るおもちゃを親子でつくっていました。

制作風景 ©東京おもちゃ美術館

職人を招いて、プロの道具で一緒に工作をすることもあります。お正月に毎年開催している恒例のワークショップでは、福島県の張子職人を招いて、12年連続で干支の張子の絵付けをしています。12年かけて全干支に参加するリピーターもいます。そうして何度も顔を合わせるうちに、職員も、一緒に活動している「おもちゃ学芸員」と呼ばれるボランティアスタッフも、そして参加者も、1年ぶりに子どもの成長を確認し近況を話す機会になり、それが楽しみだそう。 

「プロの職人さんの本格的な道具を使って張子に目を入れるような体験なんて、なかなかできないですよね。また保護者にとっては、何度も来ているうちに子どもの成長が垣間見えるというのも人気です」と貝原さん。

作品 ©東京おもちゃ美術館

こうしたリアルな喜びがまず参加者を惹きつけ、そこから1回きりではなくて何度も参加するなかで理解を深めていくことにつながります。

そして貝原さんはこう続けます。「初めての来館者に楽しんでもらうこと。常連となっている来館者にはさらなる楽しみを提供すること。どちらも大事で常に考え続けています。美術館の中におもちゃがただ置いてあるだけでは、それはおもちゃ美術館ではないのです。私たちが来館者とどう関わるか、アイデアやコミュニケーション能力が試されます」

ゲーム ©東京おもちゃ美術館 

そして、山田さんはボランティアや職人など、美術館に関わる人の視点からの継続の理由を教えてくれました。

「おもちゃ美術館は“生き甲斐を感じる場所”だと言ってくださる方が多いです。例えば、『自分には孫がいないけれど、ここに来るとたくさん孫ができたよう』とか『おもちゃの販売に行き詰まっていたが、おもちゃ美術館に来るとなにかしら常に新しいヒントがもらえる』とか。嬉しいことに、利用者が張り合いを感じ、行くのが楽しみな場所になっているのだと思います」運営する方も参加する方も、双方向にそこに関わる人たちが意味や意義を見出しているところに、人が継続して集まる理由があるのでしょう。

あそびの選択肢

おもちゃの遊び方は多種多様で、そこから得られる楽しみや学びもそれぞれ。そんな様々な生きる力になる遊びを、美術館は “心の栄養”と表現します。山田さんに伺いました。

「疲れている時は酸っぱいものが欲しくなりますし、ちょっと元気がない時は逆にステーキを食べようと思うように、その時に必要な栄養は人によって違います。時期によっても結構違いますよね。遊びも同じです。どんな遊びにも栄養価はあると思いますが、1番大事なのは遊びの選択肢があることです」

サッカーゲーム ©東京おもちゃ美術館 

おもちゃ美術館では、“おもちゃコンサルタント”というおもちゃの専門家を育成しています。 半年から1年かけて子どもの成長と遊びについて学び、おもちゃの文化や社会的意義など体系的に学べる講座を30年つづけていて、現在は全国に6000人程の卒業生がいるのだとか。

「その人がどういう遊びをしているのかは傍目にはわかりにくく、特に子どもの場合は、身近なものの中でしか遊びの選択肢がない。その子に今必要な遊びのアドバイスをしてくれるような専門家が必要だと、私たちは思っています」

職人との繋がり。遊んでいるうちになんとなく染み込んでいくようなもの

そんな遊びの選択肢を増やすべく、館内には様々なおもちゃが紹介されています。教室の間取りをそのまま使用して、部屋ごとにテーマを設けています。なかでも印象的だったのが“匠の小屋”。職人の技をふんだんに取り入れたその部屋には、そろばんのたまが入った大箱、自分で組んで模様をつくる組子細工のテーブル、本物のお茶会が出来る小さな茶室などがあります。

赤い部屋 ©東京おもちゃ美術館 
組子 ©東京おもちゃ美術館 

そろばんの大箱にはなんと10万個ものそろばんの珠が入っているそうで、産地として有名な兵庫県小野市のそろばん組合が作りました。実際にそろばんの製作過程で、箱に入った大量の珠を軸に通す作業をしているのですが、興味深いのは製造作業を遊びに変えてしまったところ。

プロの道具を使えることが参加者の興味を惹いたように、職人のリアルに触れられることにはとても魅力があります。法被はっぴを着た組合長がそろばん小屋の前に立ち、関西弁で子供たちにそろばん作りを教えるという、そんな場面がよくあるそうです。

おもちゃ美術館では、日本の伝統技法でつくられた木のおもちゃや、地元の木でつくられた建物や家具を通して、森林文化の継承と木育推進に力をいれています。

宮大工のコーナーは、アトリエやまとという工房を埼玉県に構えているご夫婦が制作しました。そこで遊べるおもちゃは、組木など宮大工の手法や伝統的な日本の文様が使われていますが、そこには「子供の頃に見た模様、楽しく遊んだあのおもちゃは日本の伝統だったのだと、大人になってふっと思い出してくれたら」という作家の想いがこめられていると、貝原さんが教えてくれました。

アトリエ倭さんの工房 ©アトリエ倭 

一方的に日本の伝統を教えるのではなく “あそんでいるうちになんとなく染み込んでいくようなもの” を大事にする。そこにあるのは、そっと差し出すような伝え方です。もしかすると、そうしたものが一番子どもの心に根差すのかもしれません。

グッド・トイ賞を設けて作家にスポットライトを

日本の伝統をおもちゃに込める職人や作家たちには、その仕事を評価される機会が少ないという現状があります。おもちゃ美術館ではそれに対するアクションとして、グッド・トイ賞という授賞制度をつくり、毎年40点ほどの作品を選出しているそうです。アトリエ倭もこの賞を受賞しました。

グッド・トイ ©東京おもちゃ美術館

「作り手は自分の作品がおもちゃ美術館に置いてあると言えますし、来館者にとっては作った人に会えるという貴重な体験が得られる」と山田さんは言います。「こういった人たちがたくさんいる場所で過ごすことが、子どもたちにとってはすごくいいこと。今の日本の社会は閉塞感が漂っているとか、大人になりたくない、仕事したくないといった感覚を持つ子供が多いとか言われていますが、つまり楽しそうにしている大人が少ないってことですよね。美術館の人たちって楽しい、私も将来あんなふうになりたいと思えるような大人に出会えることは、子どもたちにとって何よりもいい経験になるのではないかと思います」

自分たちだけで考えない。継続すること

人と人をつなぎ合わせ、教育や研修プログラムなど様々な企画と運営をされている山田さんですが、一番大事にしているのは “自分たちだけで考えない“ということだと言います。スタッフだけで考えず多様な専門家や、草の根的活動をしている人、いろいろな人の考えを混ぜ合わせてつくりあげていくことを心がけているそうです。

赤い部屋 ©東京おもちゃ美術館 

また、来館者と常に接している貝原さんは、コロナ禍で身に染みて実感したことがあったそう。パンデミック期間中はおもちゃ美術館も何度かの臨時休館を余儀なくされたのだとか。

「(休館中に)誰とも喋らずひとりで育児していたお母さんが、やっと館が開いた時に赤ちゃんの部屋で泣き始めてしまったことがあったり。臨時休館の期間を経て、ここには人とのコミュニケーションを求めて来てくれる人がたくさんいるのだと実感しました。この美術館が、おもちゃ学芸員にとっても、来館者にとっても居場所として機能している。私たちはそれを継続させていかなければいけないということを、最近とても強く思っています」

人びとが世代を超えて交流する場、来館者と美術館スタッフが交わる場。

そんな「あそびとまなび」を常に考え更新するおもちゃ美術館の中核にあるのは、おもちゃを介して生まれる“コミュニケーション” 。関わる人すべての成長と楽しみに価値を置く姿勢が、「いつでも行きたい」「いつまでも行きたい」場所でありつづける秘訣かもしれないと思いました。 

取材協力

東京おもちゃ美術館
〒160-0004 新宿区四谷4-20 四谷ひろば内
公式サイト 東京おもちゃ美術館 (art-play.or.jp)