世界に「SATSUMA」の名を響かせた、薩摩焼の名跡・沈壽官。映画『ちゃわんやのはなし』は、その沈壽官家の425年以上にわたる歴史と伝統の継承を紐解くドキュメンタリーだ。今作で長編映画監督デビューを果たした松倉大夏監督に話を聞いた。
日本と韓国における陶芸文化の発展と継承の過程を紐解くドキュメンタリー作品。1989年に国内初の大韓民国名誉惣領次長に就任するなど、日韓文化交流にも力を尽くした14代沈壽官を父に持つ15代沈壽官の視点を通して、伝統を守る意義、沈壽官家の薩摩焼四百年祭への願いを探る。上野焼の十二代渡仁、萩焼の十五代坂倉新兵衛など朝鮮をルーツに持つ陶工たち、専門家らのインタビューで構成されている。
松倉 大夏
監督
脚本に携わったNHK特集番組「巨大戦艦大和〜乗組員が見つめた生と死〜」(2012)は、ATPドキュメンタリー部門優秀賞を、NHK特集番組「零戦〜搭乗員たちが見つめた太平洋戦争〜」(2014)は、ATP賞グランプリを受賞。監督作のWOWOW「君のことを忘れない〜女優・渡辺美佐子の戦争と平和〜」(2013)では、日本民間放送連盟賞 優秀賞を受賞。映画「やまぶき」(2022)のプロデュースなどでも活躍。
伝統を受け継ぐ重みと400年の思い
──今作の制作背景から教えてください。
松倉大夏
今作の企画は、企画・プロデュースを手がけた李鳳宇さんと15代(沈壽官)との間に、20年以上の親交があったことから生まれました。
李さんの頭の中では、ずっと沈壽官家の歴史を映画にしたいという思いがあったそうです。ドキュメンタリーを撮れる監督を探していた時に、僕がNHKで作ったドキュメンタリー番組『にっぽんリアル 僕が子作りできない訳』を見て、お声がけいただきました。
──お話をいただいて、どんなお気持ちでしたか?
松倉大夏
僕は沈壽官家についてほとんど知らなかったので、鹿児島にある15代沈壽官窯当代の工房に行き、半日くらいかけて窯を見学したり、お話をお聞きしたりするところから始めました。
14代沈壽官は、司馬遼太郎の小説『故郷忘じがたく候』の主人公のモデルにもなっていて、メディアにも多く登場する有名人です。でも、僕がいちばん心を動かされたのは、その14代に対する15代の思いでした。その父子の関係の中に、伝統を受け継ぐ重みや400年の思いが重なり、これは映画で撮るべきものだと思いました。
ドキュメンタリーの場合は、撮影や編集をしながら物語をつくっていきます。朝鮮陶工由来の沈壽官家が、世界的に名前が広まった薩摩焼をどう継承してきたか。それを今ある親子関係で描こうと思い、ストーリーを整理していきました。
──伝統を受け継ぐ重みを表現するために、アニメーションが使われていたのが印象的でした。
松倉大夏
伝統には重みだけでなく、束縛や呪縛みたいなのがあると思っています。実際、13代は戦中戦後の苦しい時代に窯を存続させるために筆舌に尽くしがたい苦労をされたそうですし、14代は政治家になりたくて一度は窯を捨てて家を離れますが、結局は窯に戻ります。
そんな14代のもとで育った15代の話を聞くにつれ、そこには目に見えない「伝統の呪縛」のようなものがあるのではないかと思うようになりました。
ただ、ことさら日韓関係や差別にフォーカスしすぎない方が、沈壽官家の400年の壮大な物語が正しく描けると思ったので、今作では朝鮮陶工由来の苦難の歴史や、日韓関係については、強調しすぎないように意識しました。そのため、今作では、彼らの祖先が味わってきたであろう苦労や努力を「顔のないアニメーション」で表現しています。重くなりすぎず、でも文献や歴史資料で解説するより、深い思いを表現できたと思っています。
──「伝統の重み」を、承継者たちは実際、どのように受け止めていたと感じましたか?
松倉大夏
歴史的価値のある技術を守っていかなければいけないという使命感はあるにせよ、「どうしてこの人たちは、そんなに大変な思いをしてまで自ら選び取ってきたのか」ということを一人ひとりに聞いていくというのは、実は今回の大きなテーマでもあったんです。
ですから、インタビューでも「伝統の重み」「守る使命」みたいな答えを期待して聞いたのですが、誰もそれを明確に答えてくれませんでした。
沈さんに聞いても、ほかの承継者の方にお聞きしても、「なぜ自分が承継するのか」という問いに対する答えはわからないままだったんですよね。
唯一、萩焼の坂倉新兵衛の息子さんが「(伝統工芸は)物心つく前からあるものなので、継ぐ継がないという以前に、まずそこにあるもの」とおっしゃっています。
この映画の中で、ハッキリとした答えを明示していないからこそ、継承していく人たちの生き様をみて、観客の皆さんが伝統や文化を受け継ぐことについて考えてもらえたら、と思っています。
──薩摩焼のなかでも「白物」と呼ばれる白薩摩は、ロシア帝国の皇帝に贈られるなど豪華な鑑賞用の工芸品でした。そういう需要はいまほとんどないのに、なぜ薩摩焼は残ってこられたのだと思いますか?
松倉大夏
15代は「鑑賞用の白薩摩と日用の器として使われる黒薩摩は船の両先端だ」とおっしゃっていました。鑑賞用と日用の器というカテゴライズもそうですし、ある時代には白薩摩が薩摩焼の歴史をひっぱる時もあるし、また別の時代には黒薩摩がひっぱるという戦略も上手だったからではないでしょうか。
また、沈壽官家の朝鮮というルーツへの強い想いも大きいと思います。
他の産地では割と早い段階で日本名に変えているところが多い中で、薩摩焼をつくる苗代川地区は薩摩藩・島津家によって朝鮮陶工の村として優遇されていました。こうした歴史も、強い想いが残せた一因だと感じています。
──今作は、親子の継承の物語であると同時に、薩摩藩から庇護され続いてきた薩摩焼の歴史を通して、長い伝統をもつ工芸全体に思いを投げかける作品にもなっています。
松倉大夏
今作は「やきもの」というある一つの工芸に絞った作品ですが、日本文化全体についても訴求できるような映画にしたいという思いはありました。
沈さんはよく、「自分は何か大きな流れ、大きな道の交差点に立っているに過ぎない」とおっしゃっていました。この映画は、沈壽官家に流れ込む壮大な歴史の中の、ほんの一部を描いただけですが、そこに自分が立っている所以というか、存在意義みたいなことは示せたかなと思っています。そして、「自分が何者で、どこから来たのか」という自身のルーツを探る手がかりにもなったのではないかと思います。
僕らが今、日本の地に生まれて日本語を喋っているのも、日本に生まれたからですし、沈さんが朝鮮まで墓参りに行くのも、自分のルーツを追求しようとしていているからでしょう。そういう意味では、この作品を撮ってルーツということにものすごく興味がわき、自分の祖先を調べてもみました。
沈さんからは、「映画に撮られて、僕は女性にキャーキャー言われるのを期待してる」と冗談まじりで言われましたが、映画をご覧いただいた方からは「15代が魅力的に映っている」と言われることが多いので、ある程度はご期待に沿えたのではないかと思っています。
15代の息子・泰司さんは、「自分が家の中で見てきたり聞いてきたりしたものとは違う、外部から捉えたものを見て、改めて自分の家について考えさせられた」と言っていました。ここからまた、新しい歴史が始まっていくのだと思うと、それもいつか撮ってみたい気がします。
ちゃわんやのはなし─四百年の旅人──
5/25(土)〜6/14(金)東京都写真美術館ホール
6/15(土)〜 前橋シネマハウス(群馬)
6/15(土)〜 キネマ旬報シアター(千葉)
6/15(土)〜 第七藝術劇場 (大阪)
6/21(金)〜 アップリンク京都
6/28(金)〜 宇都宮ヒカリ座 (栃木)
ほか 全国順次公開
出演:十五代 沈壽官 十五代 坂倉新兵衛 十二代 渡仁 ほか
語り:小林薫
監督:松倉大夏/企画・プロデュース:李鳳宇/撮影:辻智彦、加藤孝信/録音:菅沼緯馳郎、藤田秀成/編集:平野一樹/編集助手:七宝治輝/アニメーション:小川泉/作曲:李東峻/整音:吉方淳二/カラーグレーディング:俵謙太/宣伝美術:李潤希/プロデューサー:長岐真裕
助成:文化庁 「ARTS for the future! 2」補助対象事業
特別協賛:株式会社フェドラ、Asia Society Japan Center、大韓航空、財団法人李熙健韓日交流財団
2023年 | 日本 | 日本語・韓国語 | カラー | 5.1ch | 117分 | Ⓒ2023 sumomo inc. All Rights Reserved.
企画・製作・提供:スモモ
配給:マンシーズエンターテインメント