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はじまりのはなし 第2回

日本最古の織物の謎を解き明かす

映画『倭文(しづり) 旅するカジの木』|北村皆雄監督インタビュー

取材・文相澤洋美 [ライター/編集者]

写真:カジの木の樹皮糸で織った布 ©️Visual Folklore Inc.

日本の神話に記された幻の織物「倭文しづり」を通して、衣服の始原を探る壮大なドキュメンタリー映画『倭文 旅するカジの木』。人間が生きていくのに必要とされる「衣食住」で、なぜ「衣」は食・住よりも先に来るのか。北村皆雄監督に、「衣」の神秘を聞いた。

カジの木の葉 ©️Visual Folklore Inc.

日本の神話に登場する幻の織物「倭文しづり」の秘密をめぐり、衣服の始源を担った「カジの木」のルーツを探るドキュメンタリー映画『倭文 旅するカジの木』。映像民俗学を標榜する北村皆雄監督が5年の歳月をかけ完成させた。

古代の日本人が衣服に込めた力を解き明かしながら、一方で現代の織物作家による「倭文」の創造的復元への挑戦を描くなど、知的好奇心にあふれた作品となっている。麿赤兒とコムアイが日本神話を再現する重要なシーンに登場。ナレーションをモデルの冨永愛が務めている。

北村 皆雄

映画監督、映像民俗学/人類学

きたむら・みなお|早稲田大学卒業後、記録映画やテレビドキュメンタリーの演出家となる。1978年に日本映像民俗学の会を創設。1981年に映像制作会社ヴィジュアルフォークロアを設立し、日本とアジアで数多くのテレビ番組を制作する。主な作品に、『アカマタの歌-海南小記序説 西表島・古見-』(1973年)、『修驗 ~羽黒山 秋の峰~』(2005年)、『ほかいびと─伊那の井月』(2011年)、『チロンヌㇷ゚カムイ イオマンテ』(2021年)など

カジの木の内側の樹皮から紡いだ糸 ©️Visual Folklore Inc.

制作のきっかけとなった謎の織物

──まずは、映画のタイトルにもなっている「倭文しづり」について教えてください。倭文とは何のことですか?

北村皆雄

倭文は、奈良時代の終わり頃にできたと伝えられる日本最古の歌集・『万葉集』にも登場する、日本で最も古い部類に入る謎の織物のことです。私はこの倭文の存在を、京都で江戸時代から続く帯屋・誉田屋こんだや源兵衛の十代目当主である友人、山口源兵衛さんから聞きました。

──なぜ、この倭文をテーマに映画を制作しようと思われたのでしょうか。

北村皆雄

自らも帯の制作に関わっている源兵衛さんから、「倭文の始まりは、実は日本の古代よりもっと古くまで遡るのではないか」と聞いて、面白そうだなと思ったのがきっかけです。

いま、私たちが身にまとう衣服には、さまざまな合成繊維が使われています。そんな中、倭文を通して衣の原始に立ち返り、衣の存在そのものについて考えてみたいと、興味をもちました。

──衣服の始原を担った「カジの木」のルーツを探るため、日本各地から台湾、インドネシア、パプアニューギニアまで渡って取材する壮大なドキュメンタリーとなっています。

北村皆雄

源兵衛さんからは最初、倭文は麻ではないかと聞いていました。一般にもそう解釈されていることが多かったのです。

しかし調査を進めるうちに、倭文は麻ではなく、「カジの木」の仲間の「木綿ゆう」という原始布ではないかと思い始めたのです。

そこでまずは、日本の原始布が残る徳島県の旧木頭村きとうそんを訪ねました。そこで樹皮からとった糸で織った「太布たふ」を見せてもらったのですが、DNA鑑定してみると、旧木頭村の太布はカジの木そのものではなく、カジの木とヒメコウゾの交配でできる、カジノキ属のコウゾだということがわかりました。

DNA鑑定が出てくる以前は、カジノキもコウゾも「木綿」としてひとくくりにされていたのです。

でも、日本の邪馬台国について触れられている中国の歴史書・『魏志倭人伝』にも記載があるように、日本の衣の歴史は、この「木綿」というカジの木の仲間の樹皮から始まるに違いないと考えられます。実際、日本でも糸を使った織物以前は、「タパ(叩き布)」といって、カジの木の樹皮を木や石で叩き伸ばして布状にしたものを使っていた歴史的証拠があったのではないか?。

ですから次に、台湾の科学者の助けを借りてカジをDNA鑑定することで、カジの木がどのように日本列島へやってきたかを調べてみました。すると、太平洋の島々では、いまでもカジの木の樹皮によるタパが衣服として使われていることがわかったのです。そのタパの姿を求めてパプアニューギニアまで撮影に行く……という感じで、どんどん撮影範囲が広がっていきました。

パプアニューギニアでは、顔の入れ墨文様がそのまま「タパ」に移されている ©️Visual Folklore Inc.

──パプアニューギニアでタパをご覧になって、どのように思われましたか?

北村皆雄

いろいろ衝撃的でした。

私たちが訪ねたパプアニューギニアのオロ州アイララ村の人々は、衣と同じ文様をそのまま顔に入れ墨として入れていました。彼らにとって顔の入れ墨は、自分自身のアイデンティティであると同時に種族のアイデンティティでもあり、死後先祖に見つけてもらうための重要な印でもあります。その入れ墨模様をそのまま衣服に移すのは、衣服を第二の皮膚と考えているからです。

彼らは生まれてすぐ産子うぶごをタパで包み、また、死ぬときも新しいタパで身を包み土中に埋める風習があります。つまり生まれたときから死ぬまで「タパ(布)」と共に生きるという、樹皮布の信仰が生きているのです。

このことは私にとって非常に新鮮な驚きでした。

私は以前、南米のエクアドルに行った写真家から、男女ともに裸で暮らす先住民族の写真を撮影して送ってもらい、見せてもらったことがあります。彼らはただ1本の紐だけを腰に巻いており、それは魔除けであるとともに、魂をこの世に繋ぎとめる役割を果たしているということでした。

アイララ村の人々にとっての「タパで包む」行為は、このエクアドルの先住民にみられる「紐で結ぶ」行為と同じように、魂をつなぎとめ、悪霊から身を守る意味もあるのだと、あらためて気づかされました。そして、紐であれ布であれ、織物には我々が考える以上にマジカルな力があり、重要な意味を持っているということに衝撃を受けました。

織物の神・倭文神(右/演:麿赤兒)が星の神・香香背男(演:コムアイ)を倒す ©️Visual Folklore Inc.

武神より強い力をもつ「衣」の秘密

──映画の中の神話再現のシーンは、織物のマジカルな力を表現するために入れたのでしょうか。

北村皆雄

映画の冒頭とラストに出てくる神話の再現シーンは、奈良時代に完成したとされる『日本書紀』に描かれている倭文神しづりがみ(織物の神)・建葉槌命たけはづちのみことと、星の神・香香背男かがせをの戦いの場面です。

天上界から使われた武神でも討伐できなかった香香背男を、なぜ織物の神・倭文神が倒せたのか。そこには、衣、織物のもつ不思議な力が作用したと考えるほかないと思い、構想を膨らませながら、麿赤兒まろあかじさんとコムアイさんに演じていただきました。

神話シーンの中で、カジの木を漉いた紙布しふから織った「ヒレ」を倭文神にまとわせました。ヒレは『日本書紀』の中でも、海を渡る際に悪霊を追い払い、波・風を起こしたり鎮めたりする呪術的な力をもった呪具として登場しているものです。ヒレを振ることで海を荒らすことも鎮めることも、さらには亡くなった人を生き返らせることもできると書かれています。

その記述を見つけたときに、戦いのシーンにはこのヒレを使おうと決めました。

最後、ベンガラで朱く染めたヒレを香香背男を生き返らせるために使ったのは、朱が生命の色だからです。

あえてナレーションは入れませんでしたが、説明して理解してもらうのではなく、感じるままに観ていただければいいなと思っています。

──映画の中では、「倭文」の創造的復元への挑戦も描いています。3人の作り手の作品をご覧になって、いかがでしたか?

北村皆雄

倭文は『万葉集』などの文献には出てきますが実物としては残っていないので、正確に「復元」することは不可能です。でも文献上だけの幻の織物で終わらせたくなくて、3人の作家さんに「あなたの考える倭文をつくってください」とお願いして、「創造的」という言葉をつけてつくってもらいました。

カジノキの樹皮から糸を績む石川文江さん ©️Visual Folklore Inc.
カジの木の繊維で、「倭文」に挑戦した妹尾直子さん ©️Visual Folklore Inc.
染織家・西川はるえさんが作った倭文の幡  ©️Visual Folklore Inc.

作家さんたちはそれぞれ相当試行錯誤されていましたが、源兵衛さんの帯、楮布かじふ織作家・石川文江さんのカジノキの糸、染織家・西川はるえさんのばん、紙布・樹皮布作家・妹尾直子さんのマナ。どれも唯一無二の作品ができあがったと思います。

映画公開後、多くのお客さまから「タパを実際に見てみたい」「倭文を触ってみたい」というお声をいただくので、最近は舞台挨拶がある公演には倭文をもっていき、現物を触っていただける機会も設けています。

──それは贅沢ですね!9月から全国での公開も始まります。倭文も一緒に全国をまわりますか?

北村皆雄

はい、連れていきます。

おかげさまで公開以来、予想以上の反響をいただいています。

シャーマンの方や、倭文をテーマに踊っているというダンサーの方も観に来てくださるなど、本当に広く観ていただけて嬉しく思っています。

正直、こんなにたくさんの方に観ていただけるとは思っていなかったので、反響の大きさに劇場や配給会社からも驚かれているくらいです(笑)。

9月からは北海道から沖縄まで、全国で展開していきますので、ぜひ劇場に足をお運びください。


映画『倭文(しづり) 旅するカジの木』

9月28日(土)~30日(月) 北海道・シアターキノ

10月27日(日)~11月9日(土) 神奈川・CINEMA AMIGO

9月6日(金)~16日(月) 長野・伊那旭座

10月4日(金)~10日(木) 長野・岡谷スカラ座

9月27日(金)~10月3日(木) 長野・上田映劇

9月27日(金)~30日(月)、10月4日(金)~7日(月) 岡山・シネまるむすび

10月26日(土)~ 沖縄・桜坂劇場

ほか 全国順次公開

「倭文(しづり) 旅するカジの木」公式サイト(上映館の最新情報)


監督:北村皆雄/語り:冨永愛/神話出演:麿赤児+大駱駝鑑・コムアイ/倭文制作:山口源兵衛・石川文江・西川はるえ・妹尾直子/撮影:明石太郎・戸谷健吾・北村皆雄・門馬一平・AndiArfanSabran・小谷野貴樹・藤田岳夫/照明:小西俊雄/音響・整音:斎藤恒夫/音楽:渥美幸裕/音楽デザイン:神央/編集:田中藍子・戸谷健吾/EED:和田修平/監督助手:髙橋由佳/デザイン:杉浦康平・新保韻香/制作:三浦庸子

2024年 | 日本 | ステレオ | 16:9 | 119分 | ©️Visual Folklore Inc.

製作・配給:ヴィジュアルフォークロア