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まなびのまなび 第3回

触れて探究するハンズオンベースを訪ねて

残る記憶づくり─ホーニマン博物館|ロンドン

ここでは、子どものまなびにまつわる実践や場づくりをされている人たちと、彼らのアイデアや方向性に焦点を当てます。子どもたちが生き生きと学び、伝統工芸の面白さや美しさ、重要性が伝わるにはどうしたらよいのか? コンサバターである筆者が、自身の分野を伝える際にもつ共通の課題を通して、“聞いてみたい” から得た視点を共有していきます。

ハンズオンベースの空間 © Joel Knight

ロンドン南東部、中心地から電車で1時間弱のフォレストヒルにあるホーニマン博物館。35万点以上のコレクションを収蔵するこの博物館は、120年の歴史を持ち世界各国の文化から不思議に満ちた自然まで、いろんな世界に足を踏み入れて探究するには格好の場所。大規模な動物剥製はくせいの収集でも有名で、水族館やロンドンを一望できる16エーカーの広大な庭園もあります。

今回紹介するこの博物館には、ほかではあまり見られない“ハンズオンベース(体験型学習基地)”という、ものに触れて探究するための専用の空間があります。コロナ前の平日は一般に開かれていましたが、現在は木曜日の午後のみ一般に公開されていて、他の曜日には学校や地域団体が訪れ、授業やプロジェクトに使用しています。

ホーニマン美術館の庭園 © Megan Taylor

部屋の四方をぐるりと囲むガラスケースには、化石や楽器、種や工業製品など世界中の多岐にわたる分野の資料が並べられ、天井からは民族の仮面や人形、動物の骨格標本などが吊るされます。入った瞬間、探索の入り口の多さに好奇心を刺激される場所です。

ハンズオンベース © Morio Sayuri

そんなハンズオンベースで、授業やプロジェクトの企画に関わっているルーシーさんとインディアさん。あらゆる世代と関わる学び創発のエキスパートです。彼らはハンドリング(ものを扱うこと)を通じて、個々人がものとのつながりを作ることを大切にしています。そんなお二人に、ものに触れながらまなぶワークショップについて、伺いました。

ルーシー・メイコック
© Horniman Museum and Gardens

ルーシー・メイコック(Lucy Maycock)さん

ホーニマン博物館のフォーマルラーニング・マネージャー。同館での勤務は7年半に及び、様々な業務を担当。資料を使った学びやコミュニティとの協同創作のプロジェクトに携わる。

インディア・パテル
© Horniman Museum and Gardens

インディア・パテル(India Patel)さん

 

ホーニマン博物館のフォーマルラーニング及びハンドリングコレクションのアシスタント。ものを扱うハンドリング・コレクションが、博物館で実際にどのように使われるかについて調査をしている。

ハンズオンベースで扱える資料はなんと3500点。棚にはその中から選ばれたものが並んでいますが、そこに一切キャプションはありません。「人がものと自分自身のつながりを作る」 という価値を大切にし、一方向の解釈を与えてしまう解説は意図的に避けているのだそうです。

ものと自らのつながりを築く経験は、実際にものを手に取りながらの体験学習を通してより深められますが、ルーシーさんはその本質を「proper memory making(残る記憶づくり)」と表現します。実際にものに触れる体験の重要性について、ご自身の原体験を教えてくださいました。

「私が今博物館で働いているのは、子供の頃に学校で古代エジプトの資料に触る機会があったからです。25年経った今でもよく覚えています。自分が本当に興味を持ったものに触れ、つながっていることは、本当に特別な経験でした」

実際に資料を手に取って学習するワークショップの様子 © Sophia Spring

ものを介したコミュニケーション

そんな経験をもつルーシーさんは、 「触りながらものと向き合うと、自分自身で情報を得ることができるので、扱っているものについて語ることができる」と言います。

「博物館や美術館に対して、敷居を高く感じている人は少なくありません。知識がないと展示されているものが威圧的に見えてしまい、何も言うことが見つからない。こんな想いは大人も子どもも同じです。ハンズオンベースは、博物館が「とてもまじめで、知識がなければ歓迎されない場所」から「好奇心をそそられ、興味を持つ場所」に変わるきっかけになると思っています。冷たいあたたかいなどの温度や、思ったより重い軽いなど、見るだけではわからなかったことが、わかるようになる。ものから直接に得た一次情報は、その対象物の持ち方や見方、気分や体験を変えていきます。それゆえに、何かを持つという体験は非常に強力なものです」とルーシーさん。

古代エジプトの船の模型 © Horniman Museum and Gardens
ハリセンボンの剥製 © Horniman Museum and Gardens

インディアさんは「色々なものをたくさん触ればよいわけではなく、一つのものに集中して時間をかけることが大事」と言います。

「ハンズオンベースにはたくさんのものがあり、すべてを引き出そうとすると圧倒されてしまいます。でも、ほんの数個の資料のなかでつながりを見つけたり、ただ一緒に座ってものを前に対話したりする時間は、本当に特別です」

私が訪れた際も、親子が床に座りものを一つひとつ取り出しては、これは何だろう、こういう風に使うのではないかと対話によって発見していく様子を見て、子どもの好奇心の流れが面白いと感じました。

ディスカバリーボックス

ものと人とのつながりと同じく、ものを介した人と人とのつながりもまた、大事にされています。その事例として、ディスカバリーボックスをご紹介します。 “人間とは何か” という根源的な問いを探求するワールドギャラリーが2018年に改変する際に開発されたこのボックスは、テーマに沿ってそれぞれの地域団体が各々選んだものをつめこんだ、いわばミニ博物館。

引越しの際に使用するようなサイズのプラスチックのボックスの中に、選ばれたものが何層かになって収納され、ふたには地域団体の説明や選んだテーマ、選択の理由や問いが書いてあります。

ディスカバリーボックス © Morio Sayuri

例えば、クリエイティブ・アートの力によって若者たちを結びつけ、偏見や不公正に声をあげる「リライト(Rewrite)」という団体は、”新しい惑星に到着した人々のためのサバイバル・キット” をつくりました。「持ち物や快適さをすべて手放して新しい土地で生活するとき、必要なのはどんなものだろう?」と考え、コンパスや種、時計、食べ物やものを持ち運ぶバックや器、そして娯楽用のヨーヨー などを入れたボックスです。 

「メンタル・ヘルスNHS」と「DACT(成人ろう者コミュニティー)」のグループは、ろう者のことを知ってもらい、理解を深めるためのボックスをつくりました。中には、蝶の標本(蝶の多くは音が聞こえず、触覚で振動を感じながら飛んでいるという理由)、表情の大きな喜劇役者の仮面(ろう者の意思疎通に表情やアイコンタクトは重要な意味をもつので)や、クジラの鼓膜(耳の構造を理解するため)をいれました。

このディスカバリーボックスは、授業やプロジェクトで使用する機会は少なく、ハンズオンベースへの来館者が自主的に使用するのが主ですが、授業の導入で緊張をときほぐす際にも使用されるそうです。

コミュニティや学校との連携

博物館は収集したものを展示するだけの場所ではなく、「その資料が関わるコミュニティと連携していく必要がある」とインディアさんは感じています。また、収蔵している資料を通しての若者の学びを、相互にとらえている彼女の姿勢も印象的でした。 

「一般的には博物館学や美術、人類学の学生が来ることが多いです。ロンドンにはたくさんの美術大学や専門学校がありますから。でも去年は工学部の学生も来ました。異例の依頼でしたが、実際やってみるととても楽しかったです。彼らと一緒に、3Dスキャンや学校、コレクションについて考えました。理系の学生たちと一緒に活動をしたことがなかったので、これは貴重な機会でした。コレクションのさまざまな使い方や、いろいろな研究分野での活用方法について考えることができたのは、大変面白かったです」 

また、イギリスでは学校に行く代わりに博物館で授業を受けることができます。Home educated childrenと言って、学校以外の場所で代わりに学べるシステムなのですが、その授業をホーニマン博物館でも実施しています。病気が理由で学校に行けなかったり、学校に行く十分なサポートが得られなかったり、また、親がさまざまな理由で学校を休ませる場合もあります。そのようなサポートとして博物館で授業を受ける子どもたちが、特にパンデミック後は増えているそうです。

元は“スクールチーム”だった部署の名称も、その変化を反映して現在のフォーマルラーニングチームとなったそうです。

じっくり考えて、何かを導き出す

触る・扱うという行為は学びを深くしますが、しかしその一方で破損のリスクを大きくします。壊れてしまったものはどうするのかもお聞きしました。

もちろん壊れることも想定していて、修理はコミュニティ・エンゲージメント・アシスタントが担当しているそう。しかし、修復や修理ができないもの、たとえば古代エジプトのものはコンサバターに、また剥製は剥製師にお願いしているそうです。

「ものに触れられること、それが使えることが第一義なので、授業で支障なく扱えるようにするための修理なのです。つまり、見栄えをよくするためというよりむしろ、ものがものとしてきちんと機能するためにケアしています」とおっしゃっていました。

修復や修理の方法や素材が、その目的に適っていることはとても重要。出来ることできないこと、必要不必要を考えて適切に対応できる環境を整えられているからこそ、ハンズオンベースが成り立っているのだと思いました。

ハンズオンスペースの資料 © Morio Sayuri

そして、面白いなと感じたのは、壊れるものは大体明らかに壊れやすくは見えないということ。逆に言うと、壊れやすく見えて実際に壊れやすいものは、比較的壊れないのだとか。なので、クッションの上に置いたり、注意深く渡したり、「これは気をつけて扱わなければならない」と対象物に注意を促すようなサインを出すと、子どもたちも細心の注意と敬意を払うそうです。  

ルーシーさんがセッションの際に気をつけていることは、先回りして教えてはいけない、ということ。ものの扱いの学びのポイントは、子どもたちが自ら何かを発見することです。その対象物を見て、じっくり考えて、何かを導き出す。そして、「その時間が上手くいっているのなら、それはみんなができること」なのだとルーシーさんは言います。そんな彼女がこの仕事をしていて一番ワクワクする瞬間を訊いてみました。

「私は8年間ここにいて、同じものについての子どもたちのいろいろなコメントを聞いてきましたが、ごくたまに、子どもが今まで思いもよらなかった新しいことを言う場面に遭遇します。それが新鮮な驚きだったり、本当に考えさせられたり、興味深かったりするんです。そういうときはいつもワクワクします。人によって物事を見る角度が違ったり、違った経験をしたりしています」

自分とものとのつながりをつくる

自分の視点での発見が出来る授業やワークショップを日々運営されているお二人に、伝統の文化や工芸を伝えるワークショップについても教えてもらいました。

北インドの職人たちとホーニマン博物館の会場をネット上で繋いで、制作ワークショップを行ったそうです。北インドで何世代にもわたって作られてきた伝統工芸である人形作りや、テキスタイルフラワーの職人の手元を画面に映し、博物館の会場では同時に同じことをやってみました。それはちょうどクッキング教室のようだったそうです。

このビデオは資料として、いずれは博物館の活動で使ったり、ウェブサイトに載せたりして、人々が作り方を見られるようにする予定だそう。そして、その一環として、どのように作られ、どのように組み立てられていくのか、さまざまな段階を示す工程の作品も購入したそうです。

インドの木彫り操り人形 © Horniman Museum and Gardens

また、Ticktockで伝統的なものづくりを発信している人たちのことも仰っていました。日本の伝統的な鍛金技法でつくられた茶釜の制作風景などの配信も、フォローしているのだとか。

ルーシーさんは、「このようなプロセスや作り方の動画を見ると心が落ち着き、リラックスします。忙しいペースの日常から少し立ち止まり、何かをつくることに時間を使ってみる。そうすると、人々は突然、それが自分の心身の健康にどれだけよい影響を及ぼすかに気づくのです。これはとても興味深いことです」と話してくれました。

日本の伝統工芸は用があるものが多く、したがって扱うものであるということ。子どもや大人が、いろんな方向から「ものと関わる体験」を得ていく中で、自分とものとのつながりをつくることが、心に根を下ろす記憶となるのだと、今回の取材を通して学びました。

取材協力

Horniman Museum & Gardens

100 London Road, Forest Hill, London SE23 3PQ
Tel 020 8699 1872
https://www.horniman.ac.uk